レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第39回「研究開発と政府の予算・会計制度」

2012.10.19

山下 泉 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット フェロー

山下 泉(科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット フェロー)

はじめに

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット フェロー 山下 泉

 研究開発戦略センターにおける私の主な仕事は、フランスの科学技術政策の調査です。海外の科学技術政策の動向を調査し、わが国のそれを考えるうえでの基礎資料を提供する活動に取り組んでいます。本稿では、日本とフランスの政府予算・会計制度を比較しつつ、日本の研究資金制度への示唆について考えてみたいと思います。

 予算・会計制度というと、研究開発とはずいぶん毛色の違う話だと思われるかもしれません。たしかにその通りなのですが、実はこの話は、研究開発を考える上でも、とても重要です。国として研究開発を推進するにあたっては研究資金を配分する必要があり、その資金の効果的・効率的な運用に対し強い影響力をもっているのが予算・会計制度だからです。

 なお「予算制度」とは、事前に資金配分の基本的な方針を定めるための制度であり、「会計制度」とは、事後に予算執行状況の把握に必要となる情報を記録し、報告するための制度です。

日本の政府予算・会計制度:柔軟な資金運用への障害

 日本の政府予算制度の大きな特徴は、それが1年を単位として完結していること(単年度予算制度)です。つまり、毎年1年分の予算を作成し、割り当てられた予算の行き先(使うか、返還するか)を、その年度のうちに確定させるシステムです。日本の財政法には「各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない」(12条)との規定があり、単年度予算の原則が置かれています。

 また、政府の会計制度は「現金主義」を基本としています。現金主義とは、現金の動きを記録する会計手法です。たとえば、研究資金の配分は、それが決定されたときではなく、決定に基づいて現金が支払われたときに記録されます。

 では、これらの制度は研究開発にどのような影響を与えているでしょうか。

 予算は単年度で作成されるわけですが、研究開発は必ずしも単年度で終わるとは限りません。むしろ、予算年度をまたいで行われるのが自然でしょう。すると「配分された研究資金の行き先を、予算年度内に確定させなければならない」という制約が、研究の障害になるという問題が生じます。例えば「実験結果が当初の予測と異なるため、新たな投資はせずに研究計画を練り直したいが、他方で今年度の予算の使い道を決める必要もあり、悩ましい」といった状況が生じるわけです。

 例外的に「繰越明許」という制度を用い、次年度へ資金を繰り越すこともできます(※1)。手続きの煩雑さなどから当初はほとんど利用されていなかった制度でしたが、近年は資金の繰り越しに必要な書類の簡素化、標準化などへの取り組みが行われており、その利用件数は飛躍的に伸びました。しかし、資金を一度返還し再交付を受けるという形式をとる必要があり、効果的・効率的な資金運用という観点からは、まだ改善の余地があります。

 さらに、「現金主義」の会計制度も単年度型のシステムを助長しています。現金主義のもとでは、「現金が移動しなければ何も記録できない」、つまり「実際にお金を払わなくては、予算が執行されたことにならない」からです。予算の執行が記録できなければ、配分された資金は返還せざるを得ません。すると、「多少無理をしてでも、お金を使う」というインセンティブが働いてしまいます。

 日本の政府予算・会計制度は、研究資金を研究プロジェクト全体という視点から柔軟に運用するには、あまり適していないといえます。それでは、フランスにおいては、どのような制度を、どう運用しているのでしょうか。

フランスの政府予算・会計制度:柔軟な資金運用に向けての改革

 フランスの政府予算制度も日本と同じ単年度予算制度で、毎年次年度の予算が「予算法」として法制化されるという仕組みです。1959年(現在の政治体制である第五共和制開始直後)の行政命令では、原則として予算は単年度で運用することを定め、一部の投資的支出に対してのみ、複数年にわたる支出が認められていました。しかし、2001年の「予算組織法」(LOLF)の施行に伴い(※2)、複数年にわたる支出は例外規定ではなくなりました。「債務負担行為」(支出が複数年にわたる契約)と「支払許容費」(各年度の支払金額の上限を定めるもの)の2つの費目により予算を管理する方式を導入するとともに、すべての支出について債務負担行為が認められることになったのです。つまり、債務負担行為により次年度への支出の繰り越しが認められ、支払許容費という天井を設けることで、ある年度に支出が集中するという事態を避けています。これにより、予算単年度主義を維持しながらも、実質的に複数年度予算に近い対応が可能になりました(※3)。

 では、フランスの政府会計制度はどのようになっているでしょうか。1959年以降、LOLF導入前までは、「修正現金主義」に従った会計基準が用いられていました。修正現金主義とは、期中の歳入・歳出は現金が動いた時点で計上するといった現金主義を前提としつつ、決算後の一定期間(出納整理期間)の現金の動きを、前年度の予算に対応するものとして記録する会計手法をいいます。このようにすると、「決算直後の現金の動きは前年度の予算に従ったものである場合が多い」という状況を、正確に記録できるというメリットがあります。しかしそうであっても、現金の動きのみを記録するわけですから、現金の動きを伴わない複数年度にわたる支出を把握するには向きません。日本の現金主義と同様のデメリットがあります。

 その後、2001年のLOLF導入時から、「発生主義」に基づいた会計基準が用いられるようになりました。発生主義とは、現金の収入や支出に関係なく、将来の現金の動きの原因となる事実が発生した時点で、それを記録する会計手法です。例えば、ある研究プロジェクトに資金を配分することが決定された時点で、現金を渡していなくても、「研究プロジェクトに資金を配分した」という事象を記録するのです。支出をしていなくても記録が行われるので、複数年度にわたった支出と親和性の高い会計の原則であるといえます。

日本の研究資金制度への示唆

 このように、日本もフランスも単年度主義に基づいた予算制度をもっているわけですが、その実際上の運用は大きく異なります。フランスでは、支払許容費と債務負担行為により、複数年にわたった資金利用が可能な予算制度が導入されているとともに、この予算制度は、発生主義に基づく会計基準により支えられています。複数年度にわたる支出が柔軟に行えるフランスでは、資金運用をプロジェクト全体という期間で考えることができ、研究資金を効果的・効率的に運用しやすいといえるでしょう。

 日本においても、繰越明許の手続きが簡素化されるなど、研究資金の運用性向上のための対策は練られています。しかし、フランスとは異なり、研究資金の繰り越しが例外措置と位置づけられていることから、現時点では適用に制約があります。さらには、現状では繰り越す資金を一度返還する必要があるとともに、そもそも単年度での利用を前提として当初の資金計画を立てなければならない、つまり、研究計画と資金計画とをリンクさせにくいという煩雑さもあるのです。

 では、日本の今後の研究資金制度を考える上で、どのような点に着目すべきでしょうか。まずは、上述の通り、政府の予算・会計制度に注目する必要があると思います。平成15(2003)年度に財政制度等審議会によって公表された「公会計に関する基本的考え方」以降、「省庁別財務書類」や「国の財務書類」といった、発生主義をベースとした財務書類の開示が行われるようになりました。これらは現金主義の記録をもとに発生主義への組み換えを行って作成されるため、現時点では、政府の会計が発生主義に従って行われるようになったわけではありません。しかし、政府の会計制度改革に向けた議論は継続されており(※4)、研究開発の分野からも、その動きを注視する必要があるでしょう。政府会計制度の改革により、研究資金制度をより柔軟にする環境が整う可能性があります。

 もうひとつの方向性としては、日本学術振興会が平成21(2009)年から推進している「最先端研究開発支援プログラム」のように、基金を活用する方法も考えられます(※5)。このプログラムに採用された研究プロジェクトは、一定の報告を条件に、プロジェクトの最終年度以外は配分された資金の繰り越しを行うことが認められています。資金を基金化した時点で予算は執行されたことになりますから、この方法を用いることで、単年度予算・現金主義のもとでも柔軟な資金運用が可能になります。ただし、科学技術振興機構の運営費交付金のような、このケースとは異なる原資の研究資金には、現時点では適用することができません。

 わが国の研究資金制度の今後を考える上では、政府の予算・会計制度、基金といった点がキーになると思われます。海外の事例(※6)を分析することで有望な方法を見いだし、研究者にとって、よりよい研究支援方法を模索する一助になれたらと考えています。

参考文献

※1 複数年度にわたる国費の支出を可能にする他の仕組みとして、(1)継続費、(2)債務負担行為といった制度もある(現状では研究開発費には適用されない)。(1)は最大5年にわたる支出を可能にする制度で、単年度主義の原則に対する例外性が強いことから、対象は厳しく限定されている。(2)は(1)と似ているが、債務負担権限を与えるだけで支出権限を与えるものではない(必ずしも希望する年度に支出可能とは限らない)点で(1)とは異なる。(2)は後述のフランスの債務負担行為制度と仕組みが似ているものの、予め国会の承認を要する例外規定であり、対象も限定的である点は大きく異なる。
※2 5年間の予備期間があり、2006年に本格的に導入された。
※3 木村琢磨「フランスの2001年財政憲法改正について」(2002年、『自治研究』第78巻第9号)。ただし、松浦茂「イギリス及びフランスの予算・決算制度」(2008年)では、LOLFにおいては繰越額に上限が定められていることなどをもって、過去と比べ限定的な繰越制度であると評しており、意見が分かれている。しかし、少なくとも「繰り越しのできる費目の範囲は広がった」とは言える。
※4 例えば、松井新介「国における公会計改革の動向」(2007年、『立法と調査』、No. 271 pp.100-109)薄井繭実「公会計改革の動向と今後の課題」(2011年、『立法と調査』、No.319 pp.110-121)を参照。
※5 平成23年度からは、科学研究費補助金(科研費)の多くも基金化されています。日本学術振興会が配分する研究資金の基金化については、栁沼充彦「科学研究費補助金の一部基金化」(2011年、『立法と調査』、No.314 pp.37-44)を参照。
※6 アメリカの柔軟な研究資金制度については、高橋宏・石橋一郎「研究費会計制度の日米比較」(2007年、『科学技術政策研究所講演録』p212)を参照。

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