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レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第29回「国家基幹技術をはじめとする科学技術の高いポテンシャルを社会ビジョンの実現につなぐ」

(科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 森 英郎 氏

掲載日:2011年11月30日

森 英郎(科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー)

森 英郎 氏(科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー)第4期科学技術基本計画の中では、第3期の実績が「個々の成果が社会的課題の達成に必ずしも結びついていない」、「科学技術に対する国民の理解が必ずしも得られていない」と評価された。科学技術に対する厳しい評価が下されているが、ここでは国内の科学技術の高いポテンシャルを再確認した上で、CRDSのミッションについて思うところを述べたい。

日本のGDP(国内総生産)は2010年に5.5兆ドルと、5.9兆ドルの中国に抜かれ世界第3位へと後退した(注)。激しい国際競争の中、産業界は幾つもの困難(労働規制、法人税、円高、関税、CO2削減目標、電力価格など)に苦しんでいる。産業競争力の長期低落傾向に加え、東日本大震災による被害、少子高齢化による社会活力の減衰など、現在の日本は未曾有の危機的状況にあり、科学技術に対する批判も、仕分け作業などを通して強く感じるところがある。しかしながら、困難な状況にある日本だからこそ、科学技術がさらに日本の立国へ寄与する必要がある。なぜなら、どのようにして質の高い生活を次世代に引き継いで行くのか、日本の総力を挙げて取り組む時代となり、そこでは科学技術も含めた総合力が必要となる。

年がばれるが、私たちの世代は鉄腕アトムを見て、アポロ11号の月着陸に胸を躍らせた。そして、大阪万博は科学技術の将来を明るく描き出してくれた。現在、ヒト型ロボットがスムーズに歩き、衛星を打ち上げるロケット技術を自国で保有し、近代化された幾つもの大都市を持つ日本は、私たちの少年時代の夢を実現した国と言える。科学技術が、日本の立国に十分に寄与してきたことは間違いない。また現時点でも科学技術の素晴らしさを目の当たりにしている。東京に居て身近に感じることは、スカイツリーを建設するだけの技術力が日本に有るということである。自立式電波塔としては世界最高の高さ634メートルを誇り、間近に見ると、首が痛くなるほど高くそびえて写真に収まらない。3月11日の東日本大震災のときには、その高さは既に600メートルを超えていたが、震度5強の地震を乗り越えた。

「2番じゃダメなんです」と切り返したスーパーコンピューター「京」が、日本製のスパコンとして世界第1位に返り咲いたのは今年の6月であった。栄冠に輝いたシステムはまだ整備途中段階のもので672の計算機筺(きょう)体からなるシステムであったが、11月には864台の計算機を接続した完成型システムで目標となる毎秒1京510兆回の計算速度を達成し、世界最高速を自身で塗り替えた。さらには、SACLA(SPring-8に隣接するX線自由電子レーザー施設)が、本年6月7日に世界最短波長(1.2オングストローム)となるX線レーザーの発振に成功した。SACLAについては、本ホームページ内の6月13日付サイエンスポータル編集ニュースでも取り上げられているが、あらためて詳しく紹介したい。

SACLAは、夢の光ともいえるX線レーザーを生み出す装置である。X線は透過性が高く、レントゲン写真やCT(コンピュータ断層撮影)などの診断用途で日常的に利用されている。またX線の波長は水素原子の直径ほどであるため、原子の世界を直接見る光としても利用され、タンパク質構造解析で活用されている。X線にレーザーの性質を持たせたものがX線レーザーである。レーザーは位相がそろった光で、非常に明るく、指向性や収束性に優れている。SACLAが発するX線レーザーは、従来のX線の10億倍の明るさで、物質を見ることができる夢の光である。またSACLAは、10兆分の1秒以下という短いパルス光を発振することが可能で、化学反応などの超高速現象の解明にも力を発揮すると期待されている。世界で初めてX線レーザーの発振に成功したのは、米国スタンフォード大の線形加速器研究センター(SLAC)であるが、SACLAは日本独自の技術を結集し、SLACをしのぐ性能設計となっている。SACLAは、ライフサイエンス、創薬、微細加工、化学などさまざまな分野でその力を発揮するものと期待されている(*3)。

次世代スーパーコンピューター「京」、X線自由電子レーザー施設SACLAともに、第3期科学技術基本計画において「国家的な大規模プロジェクトとして基本計画期間中に集中的に投資すべき基幹技術」とされ、国家基幹技術として整備されたハイテクノロジー産物である。この他に、高速増殖炉サイクル技術も国家基幹技術の1つであるが、これについては安全性に関する議論が、現実に即して注意深く行われることになるだろう。見直すべきは見直す必要があるが、国家基幹技術を含む科学技術全体として、まだまだ今後の日本を支えて行く高いポテンシャルを持っている。

問題はいかにしてこれらのポテンシャルを引き出し、社会課題の達成に結びつけるかである。スカイツリーの建設に疑問が投げかけられることは少ない。新しい電波塔が必要であり、それを建設しているからである。「京」もSACLAもそれを必要とした当初のビジョンに向け、課題を着実に達成する必要がある。しかしながら、「京」もSACLAもあくまでもハードウエアである。このハードウエアを使い、どのようにして社会課題を達成するか、ソフト的な部分、つまり解析対象や運用面などの議論や提案がこれから必要になる。困難な社会情勢の中、現実とビジョンの乖離(かいり)があるとも考える。CRDSのミッションの1つに、社会ビジョンの実現を目指した研究開発戦略の提案というものがある。CRDSの活動が、国家基幹技術を始めとする科学技術の高いポテンシャルを社会ビジョンの実現につなぐきっかけになればと願い、日々の業務に取り組んでいる。

(注):2010年、世界銀行世界開発指標より

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