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レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第25回「中国の留学人材について」

科学技術振興機構 中国総合研究センター フェロー 秦 舟 氏

掲載日:2011年7月21日

秦 舟(科学技術振興機構 中国総合研究センター フェロー)

科学技術振興機構 中国総合研究センター フェロー 秦 舟 氏

2010年、中国のGDP総額は日本を抜き米国に続き世界2位の経済規模となりました。科学技術の分野においても、研究開発予算規模、研究者数等は急激に増加しています。特に科学技術のアウトプットとしての一つの指標である発表論文数は近年急増し、中国は米国に続き世界2位になり、工学分野の論文を収録する「EI(Engineering Index)」では世界1位となっています。また、論文の質を示す、被引用数で見たTOP10%論文数や全体の被引用数でも、中国の位置は着実に上昇しています。

このような科学技術の論文数急増および水準向上の背景には、中国の留学帰国者の影響がかなり大きいと言われています。ここでは、中国の海外人材政策の変遷、学生の留学状況、留学帰国者の活動現状などを取り上げます。

1. 自由に海外留学できない時代

実は、中国では1985年までは私費留学が認められておらず、年間約3,000-4,000人の国費留学生しか海外に行けませんでした。2003年までは、大学生や大学院生などは私費で海外留学するために、教育養成費の返還や卒業後の一定期間中国に滞在するなどの条件をクリアしなければなりませんでした。その時代において、中国の大学はすべて国立で学費はほぼ無料だ(国がただで育ててきた)という理屈で、中国の高等教育を受けた学生は海外留学した場合に、5年間中国で働くか、お金を返済するかのどちらかを選択しなければなりませんでした。約1万元(12万円)の高額費用を払ってでも海外に行きたい学生はたくさんいましたが、外国留学ビザの申請などで許可されないケースも少なくありませんでした。その時代では、教育養成費の返還、外国語の習得、留学先の大学からの招聘(しょうへい)や奨学金の獲得、留学ビザの取得などの高いハードルをクリアして、海外留学できるエリートの一員になることは多くの若者の夢と目標でした。

その後、大学学費が徴収されるようになり、2003年から、上述した教育養成費の返還政策などは撤廃され、2004年に私費留学生奨学金が設立されました。また、2000年から、多くの国費留学プログラムも実施され、その結果、現在、年間22万人を超える学生が海外に留学し、2010年では約127万人の中国留学生が世界各国にいます。日本、米国、ドイツ、英国などでは、中国からの留学生数が国別で最も多くなっています。また、中国の留学生は米国に最も多く滞在し、日本が2番目となっています。ちなみに、日本から海外に出る留学生数は近年減少し、年間約5万人しかいません。

2.優れた待遇が保障される帰国促進政策

1992年に、当時の鄧小平氏の意見により、共産党の「第14期三中全会」で「留学支援、帰国奨励、出入自由」という方針が提起されました。この方針は現在でも変わりなく、中国の留学政策の基となっています。

中国政府は海外の中国留学生を中国に呼び戻すため、90年代半ばから多くの海外人材帰国促進政策を実施し、2006年には、「留学者の帰国促進に関する5カ年計画」を策定しました。このような国の帰国促進に関する大きな方針の下、中国教育部、中国科学院、NSFC(自然科学基金委員会)、各大学などは人材呼び戻しまたは輸入に関するさまざまな具体的なプログラムを実施してきました。

例えば、2009年に実施された、共産党組織委員会の人事関連部門が施策した「千人計画」の中身は下表のようになっています。

目的 海外のハイレベル人材を国家実験室、重点実験室、中央企業、国有金融機構などへ招聘する。
対象 国籍を問わない。55歳以下、海外で博士号取得した者。教授職以上の者、あるいは海外企業や金融機関で高いポストに就いている専門技術者。
申請要件 所属組織からの推薦でも自薦でもよく、対象者の受け入れ機関に応じて、科技部、教育部、人力資源社会保障部などが評議・審査を行う。
期間 3年間。毎年中国国内で6カ月以上の研究・事業活動を行う。
待遇 100万元(約1,200万円)一時金(免税)の支給、150-200平米の住宅の提供、配偶者の生活補助金の支給。給与について、対象者の受け入れ機関が対象者の帰国(入国)前の収入水準を参考に本人と協議することにより決まる。

このような政策では、高額のボーナス金、広い住宅、高い給与が保障されるのが一般的です。2010年までに、1021人の海外人材が当選しています。そのうちの約6割は外国籍ですが、そのほとんどは中国系です。期間が短すぎる、審査制度が公表されないなどの問題点も指摘されていますが、多くの海外人材はこのような優遇策に魅力を感じているに違いありません。

その結果、2000年当時1万人未満だった留学帰国者数は、2010年では13.5万人に達し、累計63.2万人の留学生が中国に帰ってきました。この数は中国留学服務中心という留学関連機関で登録された数で、実際これよりはるかに多くの留学帰国者が国内にいるはずです。10年前までに、留学帰国者は「海亀派」と名付けられ、エリートだと見られていましたが、最近、あまりにも多くの海外修士・博士が帰ってきたため、仕事さえ見付からない「海待族」(希望する職が見つからず、家で職を待つ留学帰国者)が増えています。

3. 研究者と経営者

最近の中国の人材政策にはよく「ハイレベル人材」という言葉が見られます。「ハイレベル」というのは博士号を持つことは必須で、研究者でいうと、いかに国際著名科学誌でインパクトのある論文を出したかが重要な評価指標となります。そして、「ハイレベル人材」と認められる者だけ抜てきされます。実際、中国科学院の研究所(約90カ所)所長、重点大学(211プロジェクトの112校)学長の約8割はこのようなハイレベルな海外帰国者です。

筆者の友人の例を挙げます。15年前に中国の医学大学を卒業後、日本に留学し、日本で医学博士号を取り、米国でポスドクの経験も積みました。その後、日本の大学で数年間研究者として実績を挙げ、一昨年にはネイチャー誌に論文が掲載されました。そこから、中国上海のいくつかの有名大学からオファーが来て、前述した「千人計画」のように、ポスト、給与、住宅などの面でかなりよい待遇が約束され、彼は結局、「留学帰国人材」の一人になりました。

昨年9月に初めて彼の上海の研究室に訪ねたところ、40代前半で若くして教授と研究センター長ポストが与えられ、研究室の建設に悩まされていました。「中国では、研究者の権限は本当に大きい、しかしなんでも自分でやらないといけないし、プレッシャーも責任も大きい」と彼は言いました。大学から研究資金を獲得すると、研究室の建設、研究チームの結成、研究設備の購入などに関する資金・人事権のすべてを研究リーダーは持ちますが、その一方、多くの質の高い研究論文を出すなど研究成果を挙げないといけません。大学付属病院の最上階丸ごと一階が研究室用のスペースとして与えられ、研究室立ち上げのための業者選定からすべて自分でやらないといけません。建設のスケジュールが大幅に遅れたりするなど中国でよくあることも想定内に入れないといけないのです。

今年7月に再度訪ねると、出来上がった立派な研究室で、世界各国から採用した若い研究員たちに囲まれた彼は、研究資金の獲得に悩んでいました。大学からの資金を使い果たすと、中国科学技術部、NSFCなどに競争的資金を申請したり、企業から支援金を獲得したりする必要があります。しかし、中国では、競争的資金の重複取得が認められるし、獲得された研究資金からの約7-8%は研究者本人のボーナスに入ったり、一部は大学側の経費に入ったりするのは普通です。うまく研究資金を獲得するのは研究者にとっては最も重要なことです。中国ではうまく研究を進めるためには、経営者の素質が必要です。最も理想的な形は、企業のように、資金獲得チーム、研究チーム、広報チーム、国際協力チームなどさまざまなチームを結成し、多様な人材を集め、研究活動をうまく経営していくことです。中国で経営がうまい研究者はお金、研究成果、名誉すべて手に入れることができます。そうでない人は淘汰(とうた)されます。

夕食の最中、一本の電話を受けた後、彼は「75万元(約1,000万円)ぐらいの研究資金を獲得できた」と笑顔を見せました。

次回彼を訪ねる時、大学側との契約が継続できるように祈ります。

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