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レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第21回「どのようにして研究開発を循環させるか-『戦略イニシアチブ 超高齢社会における先制医療の推進』を例に」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 中村亮二 氏

掲載日:2011年3月24日

中村 亮二(科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー)

2011年度から始まる第4期の科学技術基本計画の策定では、科学技術イノベーション政策の推進へ向けて課題達成型の研究開発の重要性が指摘されている。これは、従来の独創的な研究成果をさらに発展させて新たな価値創造につなげる方法に加え、国として取り組むべき課題をあらかじめ設定し、その達成に向けて関連分野の科学技術を総合的に推進する方法もとる、という国の方針を示している。挙げられている主な重要課題は気候変動への対応、低炭素社会の実現、そして高齢化への対応であり、それ以外にも複数の課題が指摘されている。今後は、これらの課題にどのように取り組み、解決を目指していくかが重要になる。

気候変動、低炭素社会、高齢化といった課題には時間的にも空間的にも多様な個別課題群が含まれている。これらの中から国として推進すべき研究開発課題を抽出し設定するためには、大学や研究機関における基礎研究の進展度、企業の技術開発水準、その他の国内外における動向などを考慮することが必要になる。また課題には多くの人々によって既に認識され共有されているものだけではなく、現状では人々が認識できる水準にまで達していない、あるいは顕在化していないだけの、いわゆる潜在的課題もあると考えられる。これらをすべて踏まえた課題設定の方法論というのは世界的にも確立しておらず、研究開発戦略センター(CRDS)でも「社会的期待の発見」として検討を続けているところである(注1)

一方、科学技術の成果をイノベーションに結びつけるための道筋策定も課題設定と同様に重要であるが、こちらも方法論は確立していない。かつては大学や企業による科学的知見の蓄積や発見が、開発、製品化、上市へとつながっていく道筋が主な流れとしてあった。このような研究開発の流れはリニアモデルとも呼ばれ、過去に多くの成功例を生み出した。しかし最近では必ずしも社会が抱える課題の解決に必要十分な技術が生み出されていないという指摘がある。

この問題に対してCRDSは、「基礎研究を通じた観察または発見、仮説となるモデルの構築、応用化(実証、最適化)、社会への普及・定着、社会における変化およびその観察」と続いていく研究開発のループをいかに回すかという視点が重要と考えている。以下では筆者が現在所属している臨床医学ユニットが新たに提言した「先制医療」を事例に説明したい(注2)

「先制医療」の提言は、少子高齢化が進み医療費負担の高騰が続くわが国で社会的な問題となりつつある疾患、特に加齢に伴ってリスクが増大する疾患にいかに対応するかという点にそもそもの問題意識がある。アルツハイマー型認知症、2型糖尿病、骨粗しょう症、がん、などは各個人が持つ遺伝素因とさまざまな環境要因の長年にわたる複雑な影響によって発症に至る。またいったん発症すると現在の医療技術では根治が難しいものも多いため、いかに早い段階で病気の発症リスクを高い確率で予測し、治療的介入をするかが重要になる。

その一方で、近年の基礎医学研究の進歩により疾患の病因や発生病理の解明、ならびに早期診断や薬の有効性評価などに用いる客観指標(バイオマーカー)に関する技術開発などが進んできている。よってこれらの現状を踏まえ、「先制医療」においてはバイオマーカーを用いた病気の早期診断、およびその結果に基づき適切に対処するための予防治療技術(医薬品など)に関する研究、応用化が必要と考え、そのために必要な研究開発課題を提案した。

しかしながら研究開発のループを回すという観点からは上記技術の研究、応用化だけでは必ずしも十分ではない。とくに「先制医療」では健康そうに見える人に対して病識がまったくない段階で診断、治療を行うことになる。そのため本人を含む多様なステークホルダーの行動変容に関する行動科学的、社会科学的研究が必要になると考えられる。

また「先制医療」では確率的予測に基づき発症のリスクの高い集団を選び出し治療することになるため、その意義について社会にどう理解を求めるかも重要な課題となる。特に新しい技術についての有効性、安全性、医療経済性、社会受容性などに関する検討が重要と考えられるが、これに関してはヘルス・テクノロジー・アセスメント(health technology assessment;HTA)のような考え方が海外において先行している(注3)。HTAに関しては、医療技術の臨床における有用性を判断するエビデンスに基づいた医療(evidence-based medicine; EBM)のほかに、比較効用研究(comparative effectiveness research;CER)として疫学的手法を用いた医療技術の経済性評価を世界各国の独立政府機関が実施を始めているところである。日本ではまだ萌芽的な段階にあるが、重要分野として今回の提言では研究開発課題に含めている。

以上が研究開発のループを回すという視点を考慮した「先制医療」の研究開発課題概要である。ここでは言及しきれないが、ほかにも基礎研究の重要性、臨床研究の日本における深刻な遅れ、統計学的分析や遺伝子検査の意義・限界などの理解を増進させる教育の重要性なども、本提言を作成するにあたって考慮した。

国の研究開発戦略を策定する方法論は世界でもいまだ確立していない。CRDSも多方面の有識者の方々から多大なご支援とご協力を得ながら、よりよい提案を目指して試行錯誤しつつ検討を続けている。もちろん上記の「先制医療」に関しても問題はいろいろあるかもしれない。筆者自身も、多くの方々からご批判をいただきながら、よりよい研究開発戦略立案の一助となるよう今後も精進していきたい。

(注1): 研究開発戦略センター(CRDS)ではこのようなテーマを「社会的期待の発見」として検討している。
(注2): 「先制医療」は電子ファイルが近日中にCRDSのホームページから入手可能となる予定であり、また、より多くの一般の方々にも知っていただくため書籍化も予定されている。ぜひご覧いただきたい。
(注3): HTAやCERはたとえば国際レギュラトリーサイエンス機構(Center for Innovation in Regulatory Science, Ltd.)、米保健社会福祉省傘下のAgency for Healthcare Research and Quality、英保健省傘下のNational Institute for Health and Clinical Excellenceなどで取り組みがある。
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