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レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第20回「なぜわれわれの体は一定に保たれるのか-『恒常性』にチャレンジする」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 鈴木響子 氏

掲載日:2011年2月28日

鈴木 響子(科学技術振興機構 研究開発戦略センター)

研究開発戦略センターのライフサイエンスユニットでは、ライフサイエンス分野の俯瞰(ふかん)活動と、日本のライフサイエンス研究状況を分析する国際比較ベンチマーク調査を行い、他の専門分野のフェローとも協力して、特定テーマの研究推進の可能性を探って提言を作成する活動を行っています。

今まで、ライフサイエンス分野からローンチアウトへの話題提供では、免疫学に例を取ったライフサイエンスの研究動向合成生物学に例を取ったファンディングエージェンシーの視座、について紹介しております。

今回は、特定テーマの研究推進のための提言作成の過程をお話ししたいと思います。テーマは「恒常性維持解明」。「恒常性」とは生体の状態をある一定のレベルに保つ生命現象です。健康であれば、体温、血液成分の濃度など、ある程度の変化はあっても、一定の幅に収まっています。この一定に保つ働きが恒常性です。

私たちは皆、恒常性が働いて生命現象を維持していますが、誰も恒常性の存在を気に留めたりしません。恒常性が破綻して、例えば体重が徐々に増加し始めて、メタボな状態になって、初めて体重が一定状態に保たれる「恒常性」がバランスを崩したことを知るのです。恒常性は、変動が顕著にならないよう調節するあまりにも基本的な生命現象であるため、意識される機会は多くありません。

恒常性に一対一対応する学問領域はありません。恒常性は免疫系、内分泌系、脳神経系を主な構成系とする生命現象であるため、それぞれの分野での研究は進んできました。しかし、それぞれの分野の垣根を越える研究は単純な実験系にすることができないために、神経免疫や神経内分泌といった境界領域で研究は続けられてきましたが、全体を統合する研究は進んでいないのです。専門分野の垣根は、分子遺伝学の知見の蓄積や細胞情報伝達の研究、システムバイオロジーなどを共通の基盤として乗り越えることにより、ようやく生命現象の基本となるメカニズムに迫る全体のネットワーク研究ができるところまでライフサイエンス分野の研究が進んできたと言えます。

さらにヒトのような多くの臓器から構成される生物には、全身レベルの恒常性と臓器レベルの恒常性があります。臓器レベルでは、例えば小腸の表面で栄養を吸収する絨(じゅう)毛上皮細胞は14日ぐらいの寿命しかありません。絨毛上皮の先端の細胞はどんどん死んで失われますが、失われていく分に見合うだけ、小腸絨毛の根本にあるクリプトと呼ばれる部分で幹細胞がせっせと分裂をして、欠員補充にちょうどよい量の絨毛上皮細胞を絨毛部分に供給しているのです。

マウスの小腸絨毛とクリプト(小腸の顕微鏡写真)
粒々に見えるのは絨毛上皮細胞です
マウスの小腸絨毛とクリプト(小腸の顕微鏡写真)

これは、全身の各器官で日々起きていることのほんの一例にすぎません。ここで登場する幹細胞は、組織幹細胞です。再生医療への応用で脚光を浴びているES細胞やiPS細胞ではなく、組織幹細胞は地味に組織の失われていく細胞を供給しながら、炎症を抑えてそれぞれの臓器の恒常性を維持しています。組織幹細胞は恒常性を維持するために無くてはならないのですが、あまりに地味な存在で、白血病の治療に使われる造血幹細胞ぐらいしか有名ではありませんでした。しかし、最近では脳や神経にも組織幹細胞が存在することが分かってきました。組織幹細胞は、体内環境の中で観察を続け、測定を行うことが困難であったため、あまり研究が進んでいません。しかし、恒常性の統合的な研究を進める上で、重要な役割を担っていることは間違いないと考えられています。()

健康なヒトの組織・器官は、同じ形で一定の状態を保っているため、一見、動きがないように見えるのですが、実は失われていく細胞を、それに見合うだけ供給して、非常にダイナミックに調節機能が働くことによって維持されています。短時間では全く変化がなさそうな骨ですら、骨芽細胞と破骨細胞による骨維持のバランスが崩れれば、骨粗しょう症になり、もろくなって骨折したり、曲がったりしてしまいます。

恒常性を維持するシステムは、通常一つの標的に正と負の両方の制御を行います。例えば、血糖値であれば、食事のあとに増加すると減少させる制御がかかり、空腹時には体内から供給させる制御がかかって、揺らぎながらある一定の範囲に収まります。

このような時間経過も要素に入れたダイナミックで複雑な調節を解析していくためには、数理モデルの活用も必要になってくることでしょう。

ここまで、恒常性について説明し、幹細胞が恒常性に関与していること、恒常性が静的な調節ではなく、動的な調節であることを話してきました。恒常性のメカニズムを解明していくには、どのような研究推進が必要なのか、何十年も前から研究者が挑戦してきている大変な難題に、今後、どのように戦略的に取り組むべきか、現在、政策提言を作成しています。

恒常性維持解明チームでは、提言を作成するために、これまで有識者へのヒアリングを行ってきました。それぞれの有識者は、専門の立場からさまざまな経験や実績に基づくご意見をくださいました。これから、それをまとめる形で、それぞれの分野の有識者に集まって議論していただくワークショップを開催します。本稿が皆様の目に触れるころには、そのワークショップの議論を加味して、恒常性の中でも、特にどのようなテーマで、どのような研究資源を供給して研究推進すればよいか、報告書をまとめているでしょう。出来上がる報告書は、関係する府省に、政策提言として紹介してまいります。

ライフサイエンス分野で、今年度に研究推進のための政策提言を行うのは、「恒常性維持解明」と「健康持続」の2テーマです。それぞれ、広い対象範囲の中から、どのようなテーマをとりあげて、どのように進めるべきか、研究戦略を考えて提言作成を行っていきます。本稿によって研究開発戦略センターの作成する政策提言に興味を持たれましたら、研究開発戦略センターのホームページを、ぜひお訪ねください。

平家俊男:幹細胞の多様性 -体性幹細胞、ES細胞、mGS細胞- 最新医学60(8) 1668-1676

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