レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第19回「課題解決型の科学技術政策における「ナノテクノロジー」」

2011.01.26

島津博基 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター

島津 博基(科学技術振興機構 研究開発戦略センター)

 筆者は2010年4月から現職に就き、ナノテクノロジー・材料分野の研究開発動向を調査し、研究開発戦略を立案する業務に携わっている。そのような中で2010年度は2つの国際的なイベントに関係させていただいた。いわゆる課題解決型に軸足が置かれることとなる今後の日本の科学技術政策に参考になるものもあると思われるため、ここでその内容についてご紹介したい。

 米国National Nanotechnology Initiative(NNI)の発足10周年を記念して、Nanotechnology Innovation Summitが2010年12月8日から10日の3日間にわたり、ワシントンDCで開催された。米国の大統領科学技術補佐官、政府科学技術政策関係者、大学の幹部、各分野を代表する科学者、企業関係者、日中韓などアジア諸国を含む海外から650名の出席があった。筆者もこれに出席し、聴講した。

 NNIとは、ナノテクノロジーを基盤としてイノベーションを創出することを目的として、2001年にスタートした省庁横断の国家イニシアティブである。関係する25省庁が参加して計画が作られ、実行されている。2011年までに約137億ドルの政府予算が投資されている。

NNIは党を超えて、省庁を横断して取り組まれている

 このサミットの初日には、ホワイトハウスの科学技術担当シニアアドバイザーの司会のもと、3代の科学技術担当大統領補佐官が登壇し、そろってサポートの歴史、ナノテクノロジーの重要性を語った。クリントン、ブッシュ、オバマと民主党・共和党が交代し、大統領補佐官が変わっても、その課題を引き継ぎながら、ナノテクノロジーの推進に力を入れている発言には、米国の発展にとって重要な科学技術を、党を超えて推し進めようという強い意志を感じた。

 各省庁のナノテクに関する研究開発プログラムの調整を担当する機関としてNSET(Nanoscale Science Engineering and Technology)という委員会が設けられており、NNI関連省庁およびOSTP(大統領府科学技術政策局)のナノテク担当部署からの代表によって構成されている。ここでは、NNIの目標や優先事項を設定し、省庁間連携を必要とする活動を含め、目標達成に向けた計画を策定し、省庁間の配算バランスを図り、ナノテク研究開発に関する重要な要素をすべて網羅するように研究内容の調整を行っている。これにより、縦割りの弊害を避け、効率的に研究開発を推進することができている。また、予算要求のプロセスにおいては日本の財務省にあたるOMB(行政管理予算局)がプロセスのはじめから関与し、共同で予算案を作成していくため効率的な体制が構築されている。

 サミットにおいて、各省庁の行政官である担当者が講演を行ったが、各発表者は科学技術の位置づけをよく理解していることが印象に残った。各省庁の科学技術行政に携わる行政官の多くがPhDを有しているのも特徴的である。

米国のファンディングシステムは課題解決型に適している?

 米国ではファンディング機能を有する省庁の構成(単位)がもともと課題解決型に適合している。すなわちDOE(エネルギー省)、NIH(国立衛生研究所)それぞれが基礎研究から応用研究までファンディングとインフラ整備を行うことで、日本でいうグリーンイノベーション、ライフイノベーションの研究開発が単一の省庁の中で完結する仕組みとなっている。一方、基礎研究に関する最大のエージェンシーであるNSF(国立科学財団)のファンディングは学問分野ごとに行われており、例えば数学と物理に関する「MPS」、機械やものづくりに関する「ENG」(この2つでNSFの予算の4割近くを占める)といったプログラムのように日本の科研費のようなボトムアップ型の研究費となっている。

 その他に省庁間を横断して取り組むべき重要な分野については、省庁横断イニシアティブとしてナノテクであればNNI、ICTであればNITRD(Networking and Information Technology Research and Development)といったように各ディシプリン(エネルギーや健康の礎となる横串の学問分野)についても省庁間を横断して取り組む国家計画とそれを実行する仕組みが存在する。

政策立案プロセスにおいてCRDSが果たすべき役割とは

 NNIは2000年以前の科学者からの意見の聴取を含む周到な調査に基づき、当時の大統領補佐官Neal LaneのClinton大統領への進言によりスタートした。今回のサミットでもたびたび言及されたが、米国はNNI開始の4年前に、現NSFシニアアドバイザーのMike Rocoが中心となって世界的なナノテクに関する動向調査を行っている。そのときの報告書は ” Nanostructure Science and Technology “と題して1999年に発行され、NNIの発足に大きな影響を与えている。

 NNI開始から10年を迎えるに当たり、NSFは、当時と同様に、グローバルな観点から、過去10年間のナノテクによる貢献を評価し、次の5-10年の間に向けたビジョンと機会に焦点を当てた調査を行うため、2010年、国際レベルでのワークショップを企画し、米国を皮切りに、EU(ハンブルグ)、アジア(つくばおよびシンガポール)の計4回開催した。そのうち、つくばでの日米韓台による合同ワークショップは筆者を含むCRDSが主体となって開催された。NSFはこれらをまとめて、12月に報告書を発行しており、今後のNNIの推進に活用されると考えられる。

 つくばでのワークショップの内容も『「ナノテクノロジーの未来を展望する日米韓台ワークショップ」報告書』として研究開発戦略センター(CRDS)から1月に発刊される予定であり、そちらをご覧いただきたい。

 このように米国では、政策立案のために今回のような国際ワークショップを含め、各省庁は徹底したパネル会合やワークショップを開催し、政策担当者および科学者などが十分な時間をかけて周到な調査と合意形成をとっている。

 より詳しく知りたい方は、CRDSが発行したG-TeC報告書「ナノシステム(2010年3月)」もお読みいただきたい。以上のことは、CRDSが公的シンクタンクとして機能するために参考とすべき点も多い。

日本におけるナノテクノロジー研究開発の行方

 サミットの中で、DOE長官のSteven Chuが「ナノテクをエネルギー問題解決の極めて重要な科学技術エンジンと位置付けている。今後、革新的な新しいナノテク技術の開発が求められ、その革新性こそが決め手となる。」と述べれば、最近NSF長官に就任したSreshは、「ナノテクは物質・材料・デバイス科学のパラダイムを変える力を持っている。」と発言。産業界を含めその他の講演者からも「ナノテクノロジーはイノベーションのエンジンであり、予算を減らせばそのエンジンを外すことになり、イノベーションという飛行機は墜落する」という表現の発言がしばしば見受けられた。

 一方、日本に眼を向けると、ナノテクノロジーは、第二期、第三期の科学技術政策において、重点分野の1つとして推進されてきたが、課題解決に重点を置く次期の「科学技術に関する基本政策について」に対する答申の中では、「(5)科学技術の共通基盤の充実、強化」のうち「i)領域横断的な科学技術の強化」のなかで「複数領域に横断的に活用することが可能な科学技術や融合領域の科学技術に関する研究開発を推進する」と記載されるにとどまっている。

 今後は、ナノテクノロジーの基礎・基盤的な研究開発と同時に、これをグリーンイノベーションやライフイノベーションにうまく結び付けていく方策が期待される。

 過去10年にわたる世界各国のナノテク国家戦略の分析をベースにして、課題解決型への移行も踏まえて作成されたCRDSからのナノテクノロジー・材料分野の提言についての詳細は、『「ナノテクノロジー」グランドデザイン(2010年3月)』(英文版は2010年12月)を参照されたい。

  文中に引用したCRDSの報告書はすべてCRDSのHPからダウンロード可能

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