衛生害虫のワモンゴキブリのメスが出す性フェロモンをオスが受容し、脳内で処理して求愛行動を起こす仕組みを福岡大学などの研究グループが解明した。2種類のフェロモンのうち、1種類は遠くのオスに届くと脳内神経が活性化しメスに引き寄せられる。もう1種類は行動活性を抑制してメスの近くにとどまらせ、交尾を可能にする役割を果たしていた。成果を基に人為的に求愛行動を制御して駆除する方法の開発などが見込めるという。
ワモンゴキブリは主に米国に生息し、飼育が簡単で実験に向いている。オスはメスのフェロモンが数ピコグラム(1兆分の1グラム)あるだけでも感知できるという昆虫界屈指の嗅覚を持つ。メスのフェロモンにはペリプラノンA(PA)という副成分とペリプラノンB(PB)という主成分の2種類が含まれている。PBはPAの10倍の量が放出されていることが先行研究で分かっていた。また、ワモンゴキブリの全ゲノム解析は2018年に完了し、特定の受容体遺伝子の発現量がオスとメスの触角で異なっていることが判明している。
知見を踏まえ、福岡大学理学部地球圏科学科の渡邉英博助教(神経行動学)らのグループは、PAとPBがオスの求愛行動に及ぼす役割と、これらがどのように触角で受容され、脳で処理されているのかを調べた。
ワモンゴキブリの触角は4~5センチメートルあり、そこに細かい「毛」のようなものがびっしりと生えている。オスの触角にのみ分布している毛にはPA感覚細胞とPB感覚細胞があり、渡邉助教らはこれらに発現しているPAを受容する「PA受容体」とPBを受容する「PB受容体」の存在を明らかにした。
放出量の多いPBは、メスから遠い場所でもオスの脳内神経のPB処理経路を十分に活性化できるため、オスの行動活性を上げてメスに近づける役割を果たしていた。他方で、PAの放出量自体は少ないものの、ゴキブリのフンや「住まい」となる場所では分布量が多いことが報告されている。PAはオスの行動活性を抑えてメスの「住まい」や居場所にとどまらせ、オスがメスを効率よく探す行動に関与していると考えられるという。
特に、オスゴキブリのメスへの誘引行動や求愛行動にはPB処理経路の活性化が必須であることが分かった。渡邉助教がPB受容体の機能を喪失したワモンゴキブリを作ったところ、オスはメスに引きつけられず、求愛行動もしなかった。渡邉助教は「PB受容体やPB処理経路が働かないようにする薬剤が開発できれば、交尾しなくなり数が減らせる。新しいゴキブリ駆除の方法に使えるのではないか」としている。
ゴキブリのフェロモンに関する研究は1970年代から行われ、90年代に化学合成に成功した。それを機に、フェロモンを用いたゴキブリ駆除剤を各メーカーが開発してきた。ただし、特定種のオスしか引きつけることができないという欠点があった。一方、現在用いられている食品の香りを使った駆除剤はオスもメスも引き寄せるが、益虫まで駆除してしまう。
こうした中で環境負荷の少ない効率的な駆除や個体管理の方法に加え、開発コストを抑えることも課題となっている。渡邉助教は「PAとPBを化学合成するには高いコストがかかる。今回の研究でPA受容体とPB受容体の分子構造が分かったため、この構造に効率よくくっつく分子を探すことができそうだ。AI(人工知能)を使ってそのような物質が見つけられれば、フェロモンと同様の高い誘引効果をもつ化学物質を低コストで作成することも可能ではないか」と話している。
今回はワモンゴキブリで研究したが、今後は日本で生息するクロゴキブリなど、他のゴキブリについても研究したいという。
研究は日本学術振興会の科学研究助成費とサントリー生命科学財団の助成を受けて行われた。成果は米科学アカデミーの「PNAS ネクサス」の電子版に4月30日に掲載され、福岡大学などが5月15日に発表した。
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