あめ色の漆に微量の鉄を加えると、闇を表すのに用いられる「漆黒」になる。その仕組みは、鉄によって漆の主成分であるウルシオールの配列が変わるから、と日本原子力研究開発機構などのグループが明らかにした。X線や中性子線などの量子ビームを駆使して解析した。今後、歴史的価値のある漆器の非破壊分析といった考古学分野から新たな触媒開発など産業分野まで、様々な応用が期待できる。
漆は縄文時代の遺跡から当時の状態をとどめて出土するほど、物質的に高い安定性をもつ。ウルシの木から採取した樹液の「生漆(きうるし)」はウルシオールと水分からなり、そのまま乾かすとあめ色になる。この生漆に微量の鉄を加えたのが「黒漆」。乾かすと、漆黒と表現される美しい真っ黒に輝く。
真っ黒いものを可視光で見るのは難しいうえ、安定性の高い物質を分子構造そのままに分解するのも難しい。さらに、乾く前の漆はかぶれるので取り扱いも難しく、漆の分子構造は詳細には解明されていなかった。
原子力機構原子力科学研究所の南川卓也研究員と関根由莉奈研究副主幹らは、黒漆中の鉄イオンの化学状態を大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用町)の放射光に含まれる強度の高いX線を用いて解析し、大強度陽子加速器施設J-PARC(茨城県東海村)の中性子線とX線を用いて漆の構造を調べた。
SPring-8の解析では、黒漆に含まれる鉄は電荷の低い3価の鉄(Fe3+)であることと、鉄原子がウルシオールと結びついていることが分かった。
J-PARCでは、中性子線とX線をそれぞれ生漆膜と黒漆膜に照射した。中性子は水素はじめ原子番号の小さな原子でよく散乱する一方、X線は鉄やアルミニウムなどで比較的散乱するという違いを利用すると、10~100ナノ(ナノは10億分の1)メートル程度のレベルで構造が異なることが確認できた。
各元素の散乱の理論値から構造をシミュレーションすると、生漆はウルシオール中で疎水性の長鎖炭化水素分子が並んだ構造だが、鉄を加えた黒漆はベンゼン環が並んで重合した構造らしいことが分かった。
炭素と炭素が2本の手で結びついたような二重結合が連なる構造は可視光を吸収しやすく、物質を黒くする。南川研究員は「鉄を起点にベンゼン環にある二重結合が連なって黒漆は漆黒になるのだろう」と話す。
黒漆は鉄イオンの作用により塗膜が早く乾燥することが知られていたが、有害物質の分解を早めるような触媒機能をもつことも最近分かってきた。漆に添加する金属イオンの種類や量を制御することで、古来の漆技術を最先端の触媒技術などに生かせる可能性があるという。
研究は、J-PARCセンターと明治大学と共同で行い、米化学会の学術誌「ラングミュア」電子版に3月5日掲載された。
関連リンク
- 日本原子力研究開発機構プレスリリース「量子ビームで『漆黒の闇』に潜む謎を解明」