不妊治療のうち、体外受精による胚移植を繰り返しても着床しない「反復着床不全」にネオセルフ抗体という特殊な抗体が関与していることを、山梨大学などのグループが明らかにした。同抗体の有無は血液検査で確認できる。不妊治療の新たな対象になるほか、血栓症などの事前ケアにより妊娠・生児獲得率の改善につなげられる可能性もあるという。
ネオセルフ抗体は正式名称を「抗β2GPI/HLA-DR抗体」といい、自己抗体の一つ。生まれつき体内に備わっているものではなく、何らかの感染や炎症によって生じると考えられている。通常の自己抗体は、抗原が多くなると、そこにぴったりと結合して異物を排除する。しかし、ネオセルフ抗体は炎症や感染の抗原だけでなく、そこから生じるミスフォールドタンパク質と呼ばれる複雑な形態のタンパク質も包括して抗体を作る動態をたどり、血栓症や抗リン脂質抗体症候群といった疾患の原因になる。
山梨大医学部附属病院産婦人科の小野洋輔特任助教(生殖学・周産期医療学)らのグループは、2020年7月から21年12月に、北海道内の総合病院に「12ヶ月避妊せず性交渉しても妊娠しない」という不妊を主訴として来院した女性224人を対象に研究を行った。年齢やがん・心疾患といった他の不妊リスク因子を排除し、不妊とネオセルフ抗体との関係を調査した。
血液検査でネオセルフ抗体の有無を調べたところ、17.9%にネオセルフ抗体があることが分かった。不妊の原因の一つとされる子宮内膜症の既往率は、ネオセルフ抗体がある女性で32.5%と、同抗体を持たない女性の17.4%の約2倍にのぼった。224人のうち、148人は体外受精・胚移植といった高度な生殖医療を受けた。このうち、3回以上の胚移植をしても子宮内膜に受精卵が着床しない「反復着床不全」の患者では、ネオセルフ抗体が陽性となるリスクが2.9倍高いことも分かった。
これまで反復着床不全はいくつかの原因があるとされているものの、明確なメカニズムは分かっていなかった。今回の研究により、子宮内膜症のような疾患に加え、反復着床不全といった原因不明の病態にもネオセルフ抗体が関与していることが示唆された。
小野特任助教らは、ネオセルフ抗体が子宮内膜の血管の壁に付着しており、ネオセルフ抗原と抗体が働くと、受精卵の着床を阻害するという仮説を立てている。また、着床が無事に完了したとしても、妊娠の維持に関係する胎盤などで血栓ができれば流産や死産につながる。そのため、ネオセルフ抗体が陽性の妊婦には、妊娠中も服用できるアスピリンなどを長期服用するなどして血栓症を予防することで、結果的には流産・死産を防げるのではないかと考えている。
ネオセルフ抗体の陰性・陽性を決めるカットオフ値は73.3だが、73.3に限りなく近い陽性の女性もいれば、10万を超える数値が検出される女性もいた。小野特任助教らは数値の大小が不妊・妊娠・出産の予後に関与するのかどうかの追跡調査を現在も続けている。
体外受精などの高度な生殖補助医療は2022年4月から保険適用になったが、1子につき40歳未満の場合6回、40歳以上43歳未満は3回までしか保険診療での胚移植を行えない。反復着床不全は心身だけでなく経済的な負担にもなっており、原因が分からないまま回数制限によって不妊治療を諦めるケースもある。
小野特任助教は「着床しない理由が『分からない』よりも、『ネオセルフ抗体のせいかもしれない』と言われた方が患者さんは安心する。研究を進め、不妊に悩む患者さんの力になりたい」と話す。そのうえで「他の臓器への影響はこれから調べる。血栓を防ぐ薬はいくつか販売されているため、ネオセルフ抗体価と血栓症の重症度の関連性が分かれば、適切な投薬で反復着床不全の治療法を確立することにつながるのではないか」とした。
研究は日本医療研究開発機構(AMED)と日本学術振興会の科学研究費助成事業を受けて行われた。成果は5月18日に米国の科学雑誌「ジャーナル・オブ・リプロダクティブ・イミュノロジィ」電子版に掲載され、6月15日に山梨大学などが発表した。
関連リンク
- 山梨大学プレスリリース「新規自己抗体であるネオセルフ抗体が、不妊症のメカニズムに関与することを初めて証明」