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神経信号の“路線図” マーモセットの前頭前野結合データベース作成

2023.06.16

 小型のサル「マーモセット」の大脳皮質の領域「前頭前野」と他の領域との神経の結びつきを示す詳しいデータベースを理化学研究所などの国際研究グループが作成し、公開した。ヒトでは精神神経疾患と関わりが深い領域で、霊長類特有と思われる「柱型の結合」などの特徴が分かった。ヒトの神経回路の理解にも役立つことが期待されるという。

(左)蛍光タンパク質の目印(トレーサー=緑色)を注入した脳の立体画像。細かいが、多数の柱構造がみられる。赤矢印の先が目印の注入部位。(右)目印は神経細胞の細胞体から取り込まれ、軸索を通して末端まで運ばれる(理化学研究所提供)
(左)蛍光タンパク質の目印(トレーサー=緑色)を注入した脳の立体画像。細かいが、多数の柱構造がみられる。赤矢印の先が目印の注入部位。(右)目印は神経細胞の細胞体から取り込まれ、軸索を通して末端まで運ばれる(理化学研究所提供)

 ヒトの脳には800億~1000億の神経細胞があり、さまざまな回路を作って神経信号を伝え、個体の活動を支えている。脳の機能を理解する上で、どの場所のどの細胞同士が結びついているかの解明が欠かせない一大研究分野だが、まだ謎が多い。

 そこで研究グループは霊長類、特にヒトで発達し、社会的行動や感情の調節と深く関係し、精神神経疾患に関連する前頭前野に着目。実験動物として使われるマーモセットの前頭前野と他の領域との神経結合を最新技術で調べ、データベース化することに挑んだ。マーモセットの脳の重さはヒトの約170分の1と小型だが、大脳皮質は霊長類特有の構造を持つ。実験によく使われるマウスの前頭前野は、霊長類のものとかなり違うという。

 まず前頭前野に目印の蛍光タンパク質を注入した。4週間待って目印を、神経細胞を構成する信号ケーブル「軸索」を通じて末端まで行きわたらせ、信号の行き先が分かるようにした。脳の切片の顕微鏡撮影を600~700回繰り返した。画像をつなぎ合わせ、解析可能なデータにした。その結果、軸索が1本ずつ判別できるほどの高解像度の画像や、3次元構造の画像を得ることに成功した。

 得られたデータにより、マーモセットの前頭前野から軸索がランダムに出ているのではなく、柱のように密集している部分が多数あることが確認できた。このような“柱構造”は半世紀近く前に別のサルで見つかったが、系統だった研究はできなかった。今回はコンピューターによるデータ処理などを活用し高精度のデータベースを作成し、定量的な解析ができるようになったという。

(左)約1ミリ角の撮影画像をつなぎ合わせて得られた脳の切片の画像。注入した目印により柱構造が緑色で分かり、さらに軸索なども判別できる。(右)スライスを続けて撮影を繰り返し、脳全体の立体画像を得た(理化学研究所提供)
(左)約1ミリ角の撮影画像をつなぎ合わせて得られた脳の切片の画像。注入した目印により柱構造が緑色で分かり、さらに軸索なども判別できる。(右)スライスを続けて撮影を繰り返し、脳全体の立体画像を得た(理化学研究所提供)

 大脳皮質の特定の3領域では、前頭前野の蛍光タンパク質の注入位置によって、示される柱構造の分布が異なることも分かった。

 一方、柱構造ではなく、前頭前野から弱いながらも広範囲に広がる結合があることも確認した。つまり、前頭前野から大脳皮質の他領域への神経の結合は、柱型と拡散型の2種類あることが分かった。

 研究グループは大脳皮質全体のデータベースの構築を目指し、研究を続けるという。理研脳神経科学研究センター触知覚生理学研究チームの渡我部(わたかべ)昭哉研究員(神経科学)は会見で「認知症や精神疾患が大きな社会問題になり、世界的に脳研究が盛んだが、複雑で謎に満ちている。最新のイメージングやIT技術を駆使し、神経回路を探った。コンピューター、AI(人工知能)の利用が鍵となり、新しい神経解剖学ができた。柱構造はマウスになく霊長類特有のもので、これにより効率的な情報処理を行っているのではないか。ヒトでは実験できないが同様だろう」と述べている。

 研究グループは理研、自然科学研究機構生命創生探究センター、国立精神・神経医療研究センター、自治医科大学、東京都立大学、米セントルイスワシントン大学、慶応大学、京都大学で構成。成果は米脳神経科学誌「ニューロン」に5月17日掲載された。研究は日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳)」の一環として行われた。

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