世界初の民間月面軟着陸と期待された「ハクトR」の機体が失敗した原因について、運用した宇宙ベンチャー、アイスペース(東京)は26日、降下中に高度の推定値と測定値の乖離(かいり)が拡大し、機体のソフトウェアが、ほぼ正確だった測定値の方を異常と判断し棄却したためだったとする検証結果を明らかにした。結果を来年の次の着陸機に生かすという。
機体は昨年12月11日、米民間ロケットで地球を出発。月の北半球中緯度にある「氷の海」のクレーターの円内に、先月26日午前1時43分に軟着陸する計画で飛行した。着陸直前の同27分、高度25キロ付近で降下のための逆噴射を開始。事前の設定を頼りに高度を推定し、減速しながら降下。同35分からはこの推定値に対し、レーザー測距で補正を加える作業を繰り返した。初期の補正は成功したものの、ほどなく測定値が急上昇し、推定値との差が約3キロに拡大した。
測定値の急変は、着陸地点から約15キロ離れたクレーターの縁にある崖の上空を機体が通りがかり、これを検出したためだった。ところが、機体のソフトウェアはこれを測距センサーの異常と誤判断して棄却した。
その後、推定値がゼロとなっても実際の高度は5キロで着陸できず、降下が続いた。約1分で予備の燃料も切れて減速できなくなり、月面に秒速100メートル以上でハードランディング(激突)したとみられる。高度5キロに至るまでは減速などの運用は正常で、計画通りの秒速1メートル以下にまで抑えられていた。
飛行データの事後解析で、こうした経過が明らかになった。高度の2つの値が大きく乖離した場合に測定値を棄却する機能は、測距センサーに不具合が生じても機体の安定を維持するためのものだった。これが裏目に出た形だ。また事前に着陸地点を変更しており、航路上のやや離れた範囲の地形の検討が甘かったという。
都内の日本記者クラブで会見した同社の氏家亮最高技術責任者(CTO)は「崖の影響をしっかり考えられていなかったのは、プロジェクト管理上の問題だ。事前に多くのシミュレーションをしたが、その範囲の絞り方が正しくなかった。着陸地点によってはうまくいっていたかもしれない」と説明した。
一方、米航空宇宙局(NASA)は月上空の周回機「ルナー・リコネッサンス・オービター」が撮影した、ハクトR機体の着陸試行前後の月面の画像を比較。着陸予定地の近くで4つの破片などを発見したとしている。
同社は今回の「ミッション1」に続き来年、着陸機に独自の探査車を搭載する「ミッション2」を計画。さらに米民間機の設計に参画し、2025年に着陸させる。今回の失敗を受け、ソフトウェアの改修や飛行のシミュレーション範囲の拡大などを行うが、これらの実現時期に変更はないという。
無人機の月面着陸は旧ソ連と米国、中国が果たしているが、いずれも政府の活動。民間では、米企業が着陸機を6月にも打ち上げるとされる。
袴田武史最高経営責任者(CEO)は「ステークホルダー(利害関係者)の期待に十分に応えられなかったのは残念。ただ今回の原因は明確になっており、得られた知見を確実につなぎ、真摯に次の開発を進めたい。民間初着陸となる可能性はあったが、必ずしも1番になることを目指していたのではない。この産業には複数のプレーヤーが必要で、第1グループには入っていたい」とした。
政府機関である宇宙航空研究開発機構(JAXA)は8月にも、精密着陸技術の実証機「スリム」を国産ロケット「H2A」で打ち上げる。打ち上げに使うロケットも含めた、日本初の月面軟着陸挑戦となる。