仙台伊達家3代藩主、伊達綱宗(1640~1711年)の副葬品の漆器。中身の有機物を調べ、正体は鎮痛薬か整髪料の可能性が高いことが分かった。熊本大学などの研究グループが発表した。化学分析により脂肪酸と松脂(まつやに)の成分を検出した。高温多湿の日本で、歴史人物の副葬品の有機物が良好に残り、分析された例は珍しいという。用途の特定に至らなかったものの、大名家の埋葬文化を語る史料としての価値が浮かび上がった。
綱宗は「独眼竜」の異名を持つ初代藩主、政宗の孫。藩主となったが大酒などをとがめられ、わずか2年で幕府から隠居を命じられた。江戸時代の三大お家騒動の一つ「伊達騒動」の発端とされる人物だ。一方で書道、絵画、彫刻などの芸術で卓越した才能を発揮し、文化人としての評価は高い。遺体が眠る善応殿(ぜんのうでん=仙台市)は戦災での焼失を経て1980年代に再建。同時期に遺体の入った甕(かめ)が調査された。
甕から見つかった副葬品の漆器「酸漿蒔絵合子(ほおずきまきえごうす)」の中に、褐色の練り物状の有機物が良好な保存状態で残っていた。発見当時の調査では何らかの油とみられたが、成分の詳細や用途は分からないまま。約40年を経て、研究グループが解明に挑んだ。
まず80年代の調査と同様に、赤外光を照射して透過した光を調べる「フーリエ変換赤外分光光度計」で試料を調べ、脂質が含まれることや、発見時から乾燥が進んだものの、成分が一定程度保たれていることを確認した。次に、有機物の成分を分離して調べる「ガスクロマトグラフィー質量分析装置」で調べ、脂肪酸と松脂に特有の複数の成分を確認。生物由来の油脂と、松脂の混合物であることを突き止めた。
研究グループはその用途を検討した。江戸時代、松脂は他の油脂と混ぜ、炎症や痛みを抑える塗り薬として流通した。綱宗は晩年に歯肉がんを患っていたことから、この有機物は鎮痛薬の可能性があると考えた。
一方、この有機物は漆器に入り、紅皿、蒔絵が描かれたくし、へら、はさみと共に高貴な手箱に納められていた。これらが化粧道具を連想させることから、正体は松脂と植物性油脂を混ぜた整髪料の「鬢(びん)付け油」だとの見方も成立する。さらに特定しようと、くしについた褐色の物質も分析したものの量が少なく、調べた有機物と同じ物かどうか判別できなかったという。
有機物の正体は鎮痛薬か整髪料の可能性が高いが、特定に至らなかった。研究グループの熊本大学大学院先端科学研究部の中田晴彦准教授(環境化学)は「高温多湿の日本では、副葬品の有機物が残り、分析された例は極めて少ない。甕がしっかり閉まり、内部の石灰から二酸化炭素が生じ、保存につながった。江戸時代の大名家の埋葬文化を知るための価値の高い知見が得られた。化学分析は歴史の解明に貢献できる」と話している。
有機物の微量分析を得意とする中田准教授は、防腐剤として使われた水銀が2代藩主、忠宗の遺体から検出されていることに、まず着目した。関連資料にあたるうち、綱宗の正体不明の有機物の存在を知ったことが、この研究のきっかけとなったという。
研究グループは熊本大学と公益財団法人瑞鳳殿(ずいほうでん=仙台市)で構成。成果は歴史考古学誌「インターナショナル・ジャーナル・オブ・ヒストリカル・アーキオロジー」に1月19日に掲載され、熊本大学などが3月10日に発表した。
関連リンク
- 熊本大学などプレスリリース「仙台伊達家第三代藩主・伊達綱宗公の墓室から発掘された微量有機成分を同定し、用途を推定しました」