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「光格子時計」発明の香取秀俊氏に本田賞 原子時計の1000倍の超高精度を実現

2022.10.14

 本田財団(石田寛人理事長)は2022年の本田賞を、超高精度の「光格子時計」を発明した香取秀俊・東京大学大学院工学系研究科教授(理化学研究所招聘主任研究員)に授与することを決めた。現在、時間の単位「秒」は原子時計で国際的に定義されているが、光格子時計の精度は原子時計のさらに1000倍高いという。将来、秒の定義に採用されるとみられ、社会のさまざまな分野での活用が期待されている。

 授賞理由は「光格子に捕獲した多数の原子を使って高精度の時間基準を作る光格子時計の手法を発明した成果」。授与式は11月17日に東京都内で開かれ、メダルや賞状、副賞1000万円が贈られる。

香取秀俊氏(本田財団提供)
香取秀俊氏(本田財団提供)

 古代人は太陽や月の動きで季節の移り変わりを認識していたが、16世紀にイタリアのガリレオ・ガリレイが振り子は一定の周期で揺れることを発見した。この発見を受けてオランダのクリスティアーン・ホイヘンスが振り子時計を考案した。その後ぜんまいを使った機械式時計や水晶の振動を利用したクオーツ時計が生まれ、普及した。

 20世紀後半には原子の振動数を基準にする原子時計が登場し、1967年に質量数133のセシウム原子時計が1秒を定義する国際基準になった。原子はエネルギーの違う状態に変るときに電波や光を特定の周波数で吸収、放出する。この電波や光の周波数を振り子のように時間の基準とみなすのが原子時計だ。

 これに対し光格子時計は、ストロンチウム原子を利用。「魔法波長」と名付けられた特定の波長のレーザー光を干渉させて卵の容器のような形の「光格子」という微小空間を作り、この中に約100万個の原子を1個ずつ閉じ込める。原子同士の相互作用が起きないようにしながら約100万個の原子にレーザー光を当て、吸収する光の振動数(共鳴周波数)を精密に平均計測して1秒の長さを決める。香取氏が2001年に提唱して国際的に注目された。

卵の容器のような微小空間「光格子」の模式図(香取秀俊氏/本田財団提供)
卵の容器のような微小空間「光格子」の模式図(香取秀俊氏/本田財団提供)

 原子時計は「15桁の精度」、つまり「10のマイナス15乗秒」まで測定できるが、光格子時計は「18桁の精度」での時間測定が可能になる。1秒ずれるのに300億年という宇宙年齢よりはるかに長い途方もない時間がかかる計算で、人間の感覚では誤差は事実上ないとも言える超高精度だ。

 香取氏らの研究グループは、実験室に置かれていた光学装置や制御装置を小型化して集約した2台の可搬型光格子時計を開発。2019年の3月から4月にかけて東京スカイツリー(東京都墨田区)の展望台と地上階の2カ所に設置。計測により展望台の時間は地上より1日に約10億分の4秒速く進んでいることを明らかにして「一般相対性理論を基に高低差を計測して光格子時計の性能を確認した」とする論文を2020年4 月に英科学誌に発表した。

相対論の検証に使った2台の可搬型光格子時計(科学技術振興機構プレスリリースから、香取秀俊氏/同機構提供)
一般相対性理論の検証に使った2台の可搬型光格子時計(科学技術振興機構プレスリリースから、香取秀俊氏/同機構提供)

 この成果は光格子時計が社会で幅広く利用できる可能性を示したが、香取氏はその後も小型化、堅牢化と実用化に取り組み、光格子時計を光ファイバーでつないだ「光格子時計ネットワーク」による地殻変動や火山活動の監視など、従来の時計の常識を越えた応用を目指している。

 香取氏は「光格子時計は20年前に物理的な好奇心から始まったアイデアが同僚、学生を含む多くの研究者の協力で実現した。光格子時計が自然科学と未来の社会に役立つ手法になるよう今後も研究と開発に精進したい」とコメントしている。

 香取氏は1964年9月27日生まれ。88年東京大学工学部物理工学科卒。同大学工学部助手、ドイツ・マックス・プランク量子光学研究所客員研究員などを経て2005年東京大学大学院工学系研究科助教授、10年から同教授。その傍ら同年から16年まで科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ERATO香取創造時空間プロジェクト研究総括、18年からJST未来社会創造事業大規模プロジェクト型「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」プログラムマネージャー。14年から理化学研究所香取量子計測研究室招聘主任研究員を務める。

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