哺乳動物の発生初期に、体になる胚に栄養を送る「卵黄嚢(のう)」となる細胞の幹細胞「PrES(プレス)細胞」(Primitive Endoderm Stem Cell、原始内胚葉幹細胞)の作製に、マウスで成功した。理化学研究所と千葉大学などの研究グループが発表した。初期の胚「胚盤胞」は3種類の細胞からなる。これらの幹細胞のうち2種類は既に樹立されており、残る1種類を樹立して「パズルの最後のピースが埋まった」(研究者)という。
受精卵は卵割を繰り返し、数十個の細胞でできた胚盤胞になる。胚盤胞は(1)胚になる細胞、(2)胎盤になる細胞、そして(3)胎盤ができるまで胚に栄養を送る、卵黄嚢になる原始内胚葉の細胞――の3種類でできている。このうち(1)からはES細胞(胚性幹細胞)、(2)からTS細胞(栄養膜幹細胞)が樹立されていたが、(3)の幹細胞であるPrES細胞はできていなかった。胚発生の仕組みを理解するには、それぞれの幹細胞を分化させて詳しく調べることが大切だ。
また、胎盤が胚と母体との間で機能し始めるのは、マウスでは受精後10日目以降で、それまでは卵黄嚢が必須。発生では胚と胎盤、卵黄嚢が密接に作用し合うが、その詳しい仕組みは未解明という。
そこで研究グループは、マウスの胚盤胞でさまざまな培養条件を試し、PrES細胞を樹立し維持できる条件を探った。その結果、培地に特定の4種類の物質を添加することで樹立に成功した。このPrES細胞の遺伝子の発現パターンはES細胞やTS細胞とは異なり、原始内胚葉とよく似ていた。
PrES細胞を胚盤胞に注入すると、速やかに原始内胚葉に取り込まれた。この胚盤胞を偽妊娠マウス(精管を切ったオスと交配した、妊娠していないメス)の子宮に移植したところ、PrES細胞が卵黄嚢の形成に役立った。原始内胚葉を欠いた胚盤胞にPrES細胞を注入すると、偽妊娠マウスの子宮で原始内胚葉に関わる組織が全てでき、正常な子が生まれた。PrES細胞が原始内胚葉を補完できることが示された。
さらにES細胞、TS細胞、PrES細胞の3種類を試験管内で組み合わせ、人工的に胚を作れるか調べた。組み合わせて培養して作った複合体は、偽妊娠マウスの子宮で30%程度が着床した。妊娠7.5日目には正常とまでは言い難いものの、二重の卵黄嚢で囲まれた、胚に似た構造ができた。胚の着床前後の過程をある程度、再現できることが分かった。
研究グループの千葉大学大学院医学研究院の大日向(おおひなた)康秀講師(理研生命医科学研究センター客員研究員)は会見で「PrES細胞の樹立により、胚盤胞を構成する全細胞の幹細胞がそろった。つまり人工胚を作る材料がそろったことになる。今後は、たった数十個の細胞からなる初期胚がなぜ生命の起源となれるのかを、細胞間の相互作用の問題として調べられるかもしれない。胚を使わず、幹細胞だけで人工的に命を再構成することが、われわれの最終目標だ」と述べている。
研究グループは理研、千葉大、かずさDNA研究所で構成。成果は米科学誌「サイエンス」電子版に日本時間4日に掲載された。
関連リンク
- 理化学研究所などプレスリリース「原始内胚葉幹細胞の樹立に成功 試験管内胚再構成の実現への第一歩」