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mRNAワクチン技術を開発したカリコ氏ら2人に米ラスカー賞 新型コロナ対策に貢献

2021.09.28

 世界的な権威がある米国の医学賞「ラスカー賞」(臨床分野)に、メッセンジャーRNA(mRNA)という遺伝物質を利用したワクチン技術を開発し、世界の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策に大きく貢献した2人が選ばれた。米ラスカー財団が24日発表した。受賞が決まったのは、ドイツのバイオ企業ビオンテック上級副社長のカタリン・カリコ氏と米ペンシルベニア大学教授のドリュー・ワイスマン氏。2人の技術がなければ短期間でのワクチン開発は不可能だったとされる。

カタリン・カリコ氏(ラスカー財団提供)
ドリュー・ワイスマン氏(ラスカー財団提供)

 これまでのウイルス感染症に対するワクチンは、人体に無害なウイルスタンパク質などを利用していたが、開発、製造まで時間がかかるという難点があった。mRNAはDNAに書かれた遺伝情報をもとにタンパク質が合成される際の中間体として働く。mRNAワクチンはmRNAのこの性質を利用し、ウイルスタンパク質そのものを注入するのではなく、その“設計図”を注入し、人体の細胞内リボソームにタンパク質を作らせる。COVID-19の場合はウイルス表面にあるスパイクタンパク質を作らせて体内の免疫機構が抗体をつくる仕組みだ。

 mRNAをワクチンや薬に利用するという発想は1990年前後からあった。しかし、mRNAを人体に入れると免疫機構が「異物」と認識して炎症反応などが起きる上、mRNA自体が体内で壊れやすいという問題があった。

 米ラスカー財団によると、ハンガリー出身でペンシルベニア大学の研究者だったカリコ氏は、同じ大学の研究者ワイスマン氏とともに1997年ごろからmRNAワクチン実現のための研究を開始。mRNAを構成する「ウリジン」という物質をトランスファーRNA(tRNA)では一般的な「シュードウリジン」という物質に置き換えると、人体内で異物と認識されないことを発見した。この置換により、免疫機構が外部からのmRNAを人体にもあるmRNAと勘違いしてしまうためで、2人はこの研究成果を2005年に米国の免疫学誌に発表した。

mRNAを構成するウリジン(左)をシュードウリジン(中央)に置き換えると免疫反応性が低下し、mRNAを鋳型にして合成されるタンパク質量も増える。(右)の1-メチルシュードウリジンに置き換えるとこれらの効果がさらに増す(CassioLynm/©AminoCreative=ラスカー財団提供)

 しかしこの発表は当時ほとんど注目されず、ペンシルベニア大学は研究成果に関連する特許を民間に売却。カリコ氏は2011年にドイツのビオンテックに移り研究を続けた。COVID-19は2020年1月以降中国・武漢市から世界に広がった。その頃中国から公開されたウイルスのゲノム情報を基にビオンテックは同年3月、米製薬大手のファイザーとCOVID-19のmRNAワクチンの開発を開始すると発表した。

 早くからカリコ氏の研究に注目していた米バイオ企業のモデルナは、ビオンテックとファイザーより先にmRNAワクチンの試作品を作製することに成功している。

 ラスカー賞の基礎分野には「光遺伝学」を開発した米スタンフォード大学教授のカール・ダイセロス氏ら欧米の3人が選ばれた。3人は光に反応する特殊なタンパク質を発見し、神経科学分野に革新的技術をもたらしたことが評価された。

 2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所所長・教授の山中伸弥氏は2009年にラスカー賞を受賞しており、同賞はノーベル賞の登竜門とされている。カリコ氏らは10月4日に発表される2021年のノーベル医学生理学賞の有力候補と伝えられている。

 慶應大学は「第26回慶應医学賞」を「メッセンジャーRNAワクチン開発につながる基礎研究」の業績でカリコ氏に、また「生命活動において重要な機能分子の構造生物学的研究」の業績で東京大学大学院理学系研究科教授の濡木理氏に贈る、とラスカー賞発表に先立つ15日付で発表している。

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