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重質油を効率よく回収する新手法を発明 東京農工大、逆転の発想が奏功

2020.10.30

 東京農工大学の研究グループは、油田から重油成分を多く含んでいる重質油を効率よく回収できる新手法を発明した、と発表した。ガソリンや灯油などが得られる軽質油の回収では好ましくない、化学反応で生じる沈殿物をあえて使うという逆転の発想が功を奏した。企業と共同で実用化に向けた研究を進める考えだ。

 アスファルトなどが得られる重質油は石油資源の約2割を占めるが、土中での粘度が水の100倍から1万倍もあって回収が難しい。従来の石油生産は軽質油の回収が主であり、その資源は減少する一方だ。今では回収可能な重質油の総推定量は、軽油の埋蔵量とほぼ同等とされ、有効な重質油回収技術が求められている。

 しかし、高圧水を油層に流し込んで油を集める一般的な「水攻法」では、粘度が高くて流動しにくい重質油の回収効率は低い。熱を加えて粘度を下げる手法はあるが、油層が深かったり薄かったりする場合は熱の損失が大きかった。水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウムの水溶液を圧入して重質油を流動させやすくする「アルカリ攻法」の試みもある。

 従来の水攻法だと、圧入水はどうしても岩盤粒子の隙間の大きい領域だけを流れるので、もともと回収できる重質油の量が少ない。東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門の長津雄一郎准教授らの研究グループは、圧入水と重質油の接触により粘弾性物質が生じると、岩盤の隙間が程よくふさがり、より広い領域から多くの重質油を回収できるのではないかと考えた。

岩盤に水を圧入し、岩盤粒子の微細な隙間に存在する重質油を回収するイメージ。従来の水攻法(a)だと、一つの水路が形成されると水が流れる領域が広がらない。新手法(b)は粘弾性物質が隙間を程よくふさぎ、流れる領域が広がると考えた(東京農工大学提供)
岩盤に水を圧入し、岩盤粒子の微細な隙間に存在する重質油を回収するイメージ。従来の水攻法(a)だと、一つの水路が形成されると水が流れる領域が広がらない。新手法(b)は粘弾性物質が隙間を程よくふさぎ、流れる領域が広がると考えた(東京農工大学提供)

 粘弾性物質の候補として選んだのが、長鎖の脂肪酸と2価以上の金属イオンを含むアルカリ水溶液の反応で生じる沈殿物だ。重質油には長鎖の脂肪酸が多く含まれる。アルカリ水溶液を圧入すると、沈殿物は水にも油にも溶けずに油水界面を浮遊し、空隙(くうげき)にたまると想定した。

 実験では、長鎖の脂肪酸を持つ重質油のモデルとしてパラフィンオイル、アルカリには2価のイオンを持つ水酸化カルシウムを使った。大きさが数ミリの孔をたくさん持つマイクロセルにパラフィンオイルを充填(じゅうてん)し、水酸化カルシウムの水溶液を流したところ、水や水酸化ナトリウム水溶液に比べてはるかに広い領域を流れることを確かめた。

青色に着色した重質油モデルを満たしたマイクロセルに各種水溶液を入口から圧入し、出口から排出した実験結果。水酸化カルシウム水溶液の場合、水や水酸化ナトリウム水溶液と比べ、流れた領域が著しく広がったことが分かる(東京農工大学提供)
青色に着色した重質油モデルを満たしたマイクロセルに各種水溶液を入口から圧入し、出口から排出した実験結果。水酸化カルシウム水溶液の場合、水や水酸化ナトリウム水溶液と比べ、流れた領域が著しく広がったことが分かる(東京農工大学提供)

 さらに、ガラスビーズのパックを使った回収実験では、水攻法の前後に水酸化カルシウムを流す連続圧入法で、回収効率は約55%に達した。水攻法単独の33%、アルカリ攻法の35%より飛躍的に高い効率を記録した。重質油特有の広い酸濃度で有効で、油水界面の粘弾性はセ氏80度まで維持されるという。

 軽質油の回収ではアルカリ攻法による沈殿物の生成は禁物だが、重質油ではまるで逆の結果となった。長津准教授は「水酸化カルシウムは安価で、生じる粘弾性物質は熱にも強く、省エネルギーの重質油回収技術として期待できる」と話している。

油回収実験の結果。水酸化カルシウムを流し込む新手法は、回収率が従来法よりはるかに高かった(東京農工大学提供)
油回収実験の結果。水酸化カルシウムを流し込む新手法は、回収率が従来法よりはるかに高かった(東京農工大学提供)

 この研究成果に関する論文は米化学会が発行する「エネルギー&フューエルズ」に掲載された。論文発表に先立ち、国内外の特許を出願している。今後は新手法が有効な原油の粘度範囲や油層の浸透率の調査、実際の原油を使った回収実験、さらにフィールドでの試験と進み、実用化を目指していくという。

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