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熱帯低気圧のタマゴをAIで高率に検出することに成功

2018.12.27

 最近、なにかと話題の人工知能(AI)を、気象学に応用するための研究が急速に進んでいる。AIが得意とする「深層学習」により画像のパターンを見分ける手法も、そのひとつだ。この分野の情報処理に詳しい海洋研究開発機構の松岡大祐(まつおか だいすけ)技術研究員は、「1年ほど前までは、人間にできることを、AIにもやらせてみようとしていた。最近は、人間にできないことをAIで実現する可能性を探る研究が出始めている」という。松岡さんらの研究グループがこのほど発表した論文は、やがて台風になるかもしれない熱帯低気圧を、まだその手前の「熱帯低気圧のタマゴ」の段階でAIに発見させることをテーマにしている。

 地球温暖化や台風などの気象を研究するために使っている「道具」は、いまのところおもに物理学だ。そのなかでも中心になるのは「力学」。物体に力が加えられたとき、その物体がどちらの向きにどのようにスピードを変化させるか。それを数式の形で整理してある。台風の中心は気圧が低いので、外から内向きに大気を押す力が働く。そのとき大気はどう動くのか。実際に台風の予報で使われる数式にはたくさんの種類があり、とても複雑なのだが、「こういう原因があれば、その結果としてこういう現象が起きる」という因果関係が基本になっている。これが、まさに力学の考え方だ。

 そこにいま、AIを使ったパターン認識が加わってきた。「深層学習」では、この因果関係を基本にしていない。

 小さな子ども、とくに男の子は乗り物が大好きだ。大人が「2本のレールの上を走っていて架線からパンタグラフで電気を取るのが電車」「レールがなくても道路を走れて、黒いタイヤが四つあるのが自動車」などと理屈を教えなくても、何度となく電車と自動車を見ているうちに、その両者を確実に区別するようになる。これが「学習」だ。なにが「原因」となって、電車と自動車を区別できるという「結果」が生じたのかわからなくても、ともかく区別できるようになる。この人間の脳のしくみをコンピューターにまねさせるのが深層学習だ。ある結果が生じれば、どうしてもその原因を突き止めたくなる物理学の流儀とは、まったく別の行き方だ。

 ものの考え方からすると、物理学を基本とする従来の気象学と深層学習はなじみが悪い。だが、実際の台風予報では、その両者はすでに共存している。観測機器の乏しい洋上の台風の強さは、気象衛星が撮影した画像をもとに、雲の形などから人間が判断している。この「ドボラック法」は、まさに人間の「学習」によって生み出されたパターン認識の技法だ。同様のことをAIにやらせたら、熱帯低気圧やその手前の「タマゴ」を上手に発見できるのではないか。それが松岡さんらの研究だ。

 松岡さんらがAIに学習させるために使ったのは、全地球の気象状態をコンピューターでシミュレーションした約30年分のデータだ。もちろん、この中には、熱帯低気圧などの雲も再現されている。まず、このうち20年分から、熱帯低気圧のタマゴや発達中の熱帯低気圧の雲画像を5万枚用意した。熱帯低気圧にならない雲の画像も100万枚あるので、そのうちから5万枚ずつ10組を用意し、それぞれにさきほどの熱帯低気圧の画像5万枚を組み合わせた。つまり、「熱帯低気圧(5万枚)か否(5万枚)か」の10組の画像データ集が用意されたことになる。熱帯低気圧の5万枚は共通だ。

 この10組のデータを使って、AIによる10通りの「熱帯低気圧識別器」を作った。それぞれに10万枚の雲画像を読み込ませ、「これは熱帯低気圧」「これは違う」と覚えこませるのだ。そして、この学習に使っていない新たな雲画像を識別器に見せ、それが熱帯低気圧かどうかを判定させる。それぞれの識別器は別々のデータで学習させてあるので、識別能力に若干の違いがある。その総合評価で、最終的な判定を下す。ちょうど、雲画像を見た10人の人間が合議で判定するようなものだ。

 その結果、たとえば、10通りの識別器がすべて「熱帯低気圧またはそのタマゴ」と判定した場合だと、実際に発生していた9個のうち8個が正しく検出されていた。約9割の高い捕捉率だ。風がやがて強まって熱帯低気圧になる3日半も前のタマゴも捉えられていた。また、「熱帯低気圧またはそのタマゴ」と判定したのに外れた「空振り率」は、約1割と低かった。

 台風や熱帯低気圧の発生数が多く、個々の寿命が長い海域や季節で的中率が高いこともわかった。夏から秋にかけての北西太平洋では好成績だという。

 松岡さんによると、雲画像を見て人が判定するよりAIの捕捉率は高い傾向にあるという。ただし、今回の研究で学習に使ったのはシミュレーションによるデータなので、雲画像のほかにさまざまなデータがそろっている。その点で、実際の衛星画像だけを使う方法より有利だ。今回の研究は、熱帯低気圧の検出にAIが使える可能性を示した。松岡さんらは今後、実際に観測されたデータにもとづく方法についても検討を進めていくという。

図 松岡さんらがAIに学習させるために使った、シミュレーションによる雲画像。このすべてが「熱帯低気圧またはそのタマゴ」の画像だ。(松岡さんら研究グループ提供)
図 松岡さんらがAIに学習させるために使った、シミュレーションによる雲画像。このすべてが「熱帯低気圧またはそのタマゴ」の画像だ。(松岡さんら研究グループ提供)

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