中国の研究者がゲノム編集の技術を使って双子の女児を誕生させた、と発表して世界的な批判を浴びている。この事態に対し、ゲノム編集に関わる国内の代表的研究者で構成する「日本ゲノム編集学会」(会長:山本卓・広島大学大学院理学研究科教授)が、「発表が事実とすれば倫理規範上も大きな問題で国際的な指針にも違反した行為に強い懸念を表面する」とした声明をこのほど公表した。
声明は11月30日付。中国・南方科技大学の賀 建奎(Jiankui He)副教授がゲノム編集の技術を施して受精卵から双子の女児を誕生させた、と発表したことを受けて日本ゲノム編集学会がまとめた。声明は「当学会としても事実かどうか確認が取れていない」とした上で「ゲノム編集技術、特に(新技術として注目されている)『クリスパー・キャス9』技術は、まだ開発されて間もない技術であり、人体での安全性や有効性を確認する基礎研究が進行中だ。このような現状で所属大学や国の審査プロセスを経ることなくゲノム編集を実施してヒトを誕生させたことが事実であれば倫理規範上も大きな問題がある」と指摘した。
声明はさらに「日本ゲノム編集学会としては中国を含めた国際的な指針にも違反する行為に強い懸念を表明する」「本件が事実であるかの確認も含めて、厳密かつ透明性のある調査が行われ、中国関係当局からしかるべき対応が取られることを望む」「ゲノム編集は多くの可能性を有する革新的な技術であり、使用する研究者は高い倫理観をもって適切に責任をもつことを改めて自覚すべき」としている。
中国の賀副教授は、エイス感染者の父親から子どもへの感染を防ぐための行為だった、と主張している。今回の日本ゲノム編集学会の声明には解説も付いている。解説は「論文や学会発表が行われていないので推定も含まれる」と断った上で、賀副教授はゲノム編集に「クリスパー・キャス9」技術を使用。エイズウイルスが人間に感染するために必要な免疫細胞の受容体「CCR5」の遺伝子を改変して破壊した、とみている。
解説はさらに、ゲノム編集の「ZFN(ジンクフィンガー・ヌクレア−ゼ)」と呼ばれる技術を用い、CCR5遺伝子を欠失するよう体細胞遺伝子を改変する臨床試験が米国で既に実施されていることを紹介し、子孫に影響を及ぼす受精卵にゲノム編集を応用した意図に疑問を投げかけている。
日本ゲノム編集学会は、生物の遺伝子の狙った部分だけを改変できるゲノム編集の技術が農産物の品種改良や遺伝病をはじめとする多くの病気治療への応用に期待が高まる一方、改変に伴う規制や倫理上の問題も生じたことなどを受け、山本教授ら国内の研究現場の第一線で活躍する研究者らが2016年4月に設立した。
ゲノム編集の受精卵への応用で女児を誕生させた、と研究者が主張していることに対しては世界的に批判が出ており、日本医師会や米国立衛生研究所(NIH)など多くの研究機関や研究者が事態を憂慮する声明やコメントを発表している。
関連リンク
- 日本ゲノム編集学会ホームページ
- 日本ゲノム編集学会プレスリリース