「死の谷」という言葉が流布されているように、重要とみられる研究成果であっても産業化は容易ではない。イノベーション指向の研究開発マネジメントにより、重要研究成果を技術として成立させることを目指す科学技術振興機構のイノベーション創出プログラム「ACCEL」がスタートして丸2年。成功の鍵を握るとされるプログラムマネージャー(PM)が、研究代表者とともに主役として顔をそろえたシンポジウムが12日、都内で開かれた。
「日本のバスケットボールのレベルが急激に上がったのは、マイケル・ジョーダンがプレーする試合をBS放送で見て学生たちがうまくなったため」。意外な比喩で、山本高郁(やまもと たかいく)氏が、プログラムマネジメントというのは結局、「肌感覚で覚えるものだ」という見方を示した。氏は大阪大学大学院工学研究科「鉄鋼元素循環工学共同研究講座」招へい教授を務めながら、昨年4月にACCELの課題の一つである「PCPナノ空間による分子制御科学と応用展開」のPMに就任した。今年4月から、京都大学大学院工学研究科特任教授も兼ねる。もともとは住友金属株式会社(現新日鐵住金株式会社)で製銑(せいせん)、製鋼、環境部門の現業と研究開発に従事し、企業での経験も豊富だ。
「PCPナノ空間による分子制御科学と応用展開」の研究代表者は、北川進(きたがわ すすむ)京都大学物質−細胞統合システム拠点長。多孔性配位高分子(PCP)というナノレベルの多孔性材料を合成したことで有名な研究者だ。金属と有機物から成るこの多孔性材料は、空気中から酸素だけを分離吸着したり、一酸化炭素(CO)などの気体を大量に吸着、貯蔵することができる。論文の被引用数などを基に、国際情報サービス企業トムソン・ロイターが毎年秋に発表するノーベル賞受賞の可能性が高い研究者にも5年前に名が挙がっている。
「新しい化合物を作ったと言っても一般の人たちは感動しない。科学者はそこで満足しないで、そんなすばらしいことができるのか、と一般の人たちを感動させるくらいなことをやらないと」。北川氏が、研究者としての心意気をこのように表明したのに対し、山本氏の言葉は視点がやや違う。「(一般の人も感動させるような)研究テーマをつくるというのはアート(芸術)の世界。研究者がつくってもPMがつくってもよいが、原点は違う。PMはストーリーをつくり、こうすればもうかるというところまで見据えて研究者に教える。これに対し、面白いことをやりたいと思うのが研究者。どちらが良いということではなく、良いテーマが残るということだ」
遠藤哲郎(えんどう てつお)東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター長が研究代表者の「縦型BC-MOSFETによる三次元集積工学と応用展開」課題のPMを務める柴田直(しばた ただし)東京大学名誉教授は、大学での研究生活が長いが、東芝で研究生活を送った経験も持つ。「PMがガンガン言って発明が出てくるものではない。発想に関しては研究代表者に対して口は出せない」としながら、「研究者というのは、苦労したところに執着する傾向がある。むしろ簡単なところでパッと成果が出るようなことがある。研究者たちに一瞬我に返る、冷静になれるような時間をつくってやることもPMの役割」と話した。
研究一筋で来た研究代表者と企業経験も長いPMとの考え方の違いが見えた発言は、ほかのコンビからも聞かれた。
「教科書は歴史と同じ。勝者の歴史だから、(教科書に書かれている)半導体はシリコンの歴史。私は教科書に書いてあることを信じない。うまくいったことは、うまく説明できないし、うまく説明ができることはたいしたことではない。研究者の面白いところは、一番先にやることだ」。細野秀雄(ほその ひでお)東京工業大学元素戦略研究センター長が、自身の研究姿勢を端的に説明した。細野氏は、既に鉄系化合物の高温超電導物質発見とIGZOという名で知られる新しいアモルファス材料の創製という輝かしい業績を持つ。北川進氏同様、トムソン・ロイターがノーベル賞の有力候補者として挙げている国際的にも著名な研究者だ。ACCELでは、アルミナセメント材料を原料に用いて合成に成功した安定な無機のエレクトライドという新材料をさまざまな産業に結びつけようという新たな課題に挑んでいる。
細野氏の相方であるPMの考え方はどうか。横山壽治(よこやま としはる) 氏は、長年、三菱化学で、石油化学品製造やファインケミカル合成用触媒の開発やプロセス開発の研究に従事した。東京工業大学客員教授も兼ね、産業界、学界の双方の世界に通じている。「企業で長い間、研究開発に当たった。マーケティングから文献調査、基礎研究、応用研究と進む中で、途中軌道修正したことも、途中で中断せざるをえないことも何度も経験した。ニーズ調査をやったのに、売れなかった製品はいくつもあった」と打ち明ける。
その上で、PMの役割を次のように語った。「30年後のことを考えると、日本のインフラ(基盤)は危うい。エレクトライドの応用として、小規模でもアンモニアが作れるオンサイト型プラントをぜひものにしたい。さらに、次世代の若い人が夢と希望と幸福感を持って研究していける環境をつくるのもPMの役割と思う」
三菱電機時代にCO2レーザーによる切断加工機、溶接加工機を実用化するという業績を持ち、ACCELでは野田進(のだ すすむ)京都大学大学院工学研究科教授が研究代表者を務める「フォトニック結晶レーザーの高輝度・高出力化」のマネジメントを担う八木重典氏も、研究成果を事業化することの難しさとともに、PMの役割の大きさを強調している。
「PMを置いたから、研究の成果を社会につなげることができるというのは安易な考え。研究を事業につなげるのは優秀な企業でもものすごい試練がある」と、まずくぎを刺す。その上で、「企業時代、開発がうまくいって製品化のめどがつき、その後、研究成果を論文にすることもできた心を揺さぶられるような経験がある。技術と論理が結びついた、という感動だ。原発事故などがあると科学技術は悪いもののように言われるが、人類に夢と希望と進歩を与えるのは科学技術。ACCELの中で、参加している大学院生や学生とともに、そうした喜びを得たい」と語った。
研究代表者の側からも、PMの存在を心強く受け止めている発言が続いた。「CO2レーザーを成功させ、社会に広めた方にPMになっていただき、次の方向が見えてきたという思いだ」(野田進教授)、「目の前にやりたいことがいろいろあるため、50社もの企業を集めて研究成果の説明をするという発想は自分にない。『研究成果が自然に広まって産業界で使われるようになるなどということはあり得ません』と言われたことが、大変印象に残っている」(藤田誠〈ふじた まこと〉東京大学大学院工学系研究科教授=「自己組織化技術に立脚した革新的分子構造解析」研究代表者)、「研究者とPMの関係は、組み立てブロックの玩具とは違う。組み合わせというよりすりあわせ、という関係であるところがポイントではないか」(遠藤哲郎センター長)などなどだ。
昨年6月24日に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂 2014 −未来への挑戦−」は、研究推進体制の強化策として、研究マネジメントや研究支援に関わる人材を国全体で継続的かつ安定的に育成・確保し、活躍の場を提供できる仕組みについて検討し、2015 年度から実施する、と明記している。ACCELの実施機関である科学技術振興機構は、今年度からプログラムマネージャー(PM)の育成・活躍推進プログラムをスタートさせる。まだ、日本ではPMが存分に力を発揮できる状況には至っていない、ということだろう。
PMに求められる能力とは何か。科学技術振興機構のPM育成・活躍推進プログラム公募文書は、「社会・経済への大きな波及効果をもたらす革新的技術や異分野融合あるいは強みを有する研究や技術のシステム化による新たな価値創造を目指す研究開発プログラムを企画」し、さらに「専門的知識や技術を持った人材と共に、第一線の研究者と連携しながら、技術的成立性の証明等により、他者に驚きをもって迎えられるようなプログラムの目標達成を目指して実行・管理する能力」としている。
ACCELシンポジウムに登壇した10組の研究代表者・PMコンビは、それぞれ経験、実績とも選りすぐれた人たちばかりと言えるだろう。あえてシンポジウムの発言の中で課題を探してみると何だろうか。
藤田誠教授とコンビを組むPMの隅田敏雄(すみた としお)氏は、住友化学理事や広栄化学取締役専務執行役員、研究開発本部長といった経歴を持ち、米国での研究開発経験もある。「米国のPMのやり方に触れて日本に戻って同じようにしたら、全く受け入れられなかった。まず事業部が言うことを聞かない」と、日米の違いを紹介していた。「日本の場合、縦割り組織の弊害で,生意気とみなされると企業では左遷されることもある。日本にPMを根付かせるべきだと思うが、それにはリーダーシップを持つ若い人を育てるという自覚を経営者が持たないと」とも。
ACCEL研究開発運営委員として議論に参加した岡島博司(おかじま ひろし)トヨタ自動車技術総括部主査は、トヨタでの経験に加え、米国の事情にも詳しい。「DARPA(国防高等研究計画局)のトップPMと話して面白いと思ったのは、『PMはどうやったら育つのか』と聞いたら、『PMは育てるものではなく、そういう仕組みもない。若手にチャンスに与えるということだ』と言われた。そのトップPM自身、局長に『あなたが失敗することを希望している。失敗してそれを糧にして大きくなってほしい』と言われたということだった」という話を紹介した。
DARPAは、インターネットの原型やGPS(衛星利用測位システム)を開発したことで知られる。多くのPMを抱え、それぞれのPMが大きな権限を持つといわれる。柴田氏も、DARPAのPMが来日して講演した時に聞いたという次のような発言を紹介していた。「提案プロジェクトが失敗してもよい。エキセントリックな提案を求め、結果は問わない。99%失敗しても、それは価値がある、というのがDARPAのPMの考え方」
米国防総省の傘下にあるDARPAのやり方が日本にそのまま当てはまるとは思えない。ただ、失敗を恐れないという研究開発助成の考え方に学ぶべきところはあるのでは。ACCELシンポジウムを聞いて、そう感じた人も多かったのではないかと想像するが、どうだろう。
(小岩井忠道)
関連リンク
- 科学技術振興機構「第一回ACCELシンポジウム『トップサイエンスからトップイノベーションへ』」
- 科学技術振興機構戦略的創造研究開発事業「ACCEL」
- 首相官邸「『日本再興戦略』改訂 2014 -未来への挑戦-」
- 科学技術振興機構「プログラムマネージャー(PM)育成・活躍推進プログラム平成27年度公募」