手軽で安価にがんを早期発見できる技術が登場した。主役は長さ1ミリと小さな線虫である。この線虫が、人の尿のにおいを嗅ぎ分けて敏感に反応し、がんの有無を識別できることを、九州大学味覚・嗅覚センサ開発センターの広津崇亮(ひろつ たかあき)助教と外科医の園田英人(そのだ ひでと)客員准教授、同大学院医学研究院の前原喜彦(まえはら よしひこ)教授らが突き止めた。尿1滴でさまざまながんを約95%の精度で検出できるようになると期待される。費用は数百円、結果がわかるのも1時間半と早く、実用化しやすい。3月11日付の米オンライン科学誌プロスワンに発表した。
がん患者には特有のにおいがあるとされている。犬を使ってがんを診断しようとする「がん探知犬」は国内にもいるが、犬の集中力が必要なため、1日に5検体程度しか調べられない。研究グループは、小さいが、犬と同じ約1200種類の嗅覚受容体を持ち、嗅覚がすごい線虫に着目した。まず、がん細胞の培養液に対する線虫の反応を調べ、線虫がはって寄っていくことを見いだした。この誘引は正常細胞の培養液に対しては見られなかった。
次に、検査しやすいヒトの尿に反応するかを探った。がん患者の尿20検体、健常者の尿10検体について線虫の反応を調べた。すべてのがん患者の尿には誘引行動を、反対に健常者の尿には忌避行動を示すことを確かめた。がん患者の尿への誘引は、嗅覚細胞を壊した線虫で起こらないため、線虫がヒトの尿中のがんのにおいを嗅ぎ取っていることを実証した。
この線虫嗅覚がん診断テストの精度を検証した。がん患者24人と健常者218人の尿について線虫の反応を見たところ、がん患者24例のうち23例が陽性、健常者218例のうち207例が陰性だった。がん患者をがんと診断できる感度は95.8%、健常者を健常者と診断できる特異度は95.0%といずれも高く、腫瘍マーカーなどによる診断より圧倒的に優れていた。
がん患者のうち5人は採尿時にがんが判明しておらず、線虫の嗅覚テストから2年後までに、がんとわかった。また、半分の12例はステージ0か1の早期がんにもかかわらず、すべて陽性で、がんの早期発見にも威力を発揮した。一連の実験で、線虫の嗅覚がん診断テストは「苦痛がない、簡便、早い、安価、早期発見、高感度などの必要な多くの利点を併せ持つ画期的ながん診断技術」の可能性が浮かび上がった。
現状では、すべてのがんを検出できる半面、がんの種類を特定できない。ただ、特定のがんにだけ反応できない線虫を作製しており、野生型の線虫の誘引行動と比較して、特定のがんを診断できる見通しもつけている。この診断方法のデバイス化も進めており、日立製作所とJOHNAN(京都府宇治市)と共同で、実用化を目指し、研究開発している。
広津崇亮助教は「がんのにおいの実体はまだわかっていない。線虫は飼育が容易で、実験技術も蓄積があり、がんのにおいの受容体なども研究できる。線虫をがん診断に応用するのは世界で初めての試みだが、2019年ごろには、診断技術として確立し、10年後には広く普及させたい。実用化が進めば、医療費の抑制にもつながるだろう」と話している。
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- 九州大学 プレスリリース