貝の化石の日輪は日射量の詳細な古文書だったことを、東京大学大気海洋研究所の佐野有司(さの ゆうじ)教授と堀真子(ほり まさこ)特任研究員らが発見した。二枚貝シャコガイの化石殻の日輪に含まれるストロンチウムとカルシウムの比を最新の二次元高分解能二次イオン質量分析計で解析し、文書の記録がない先史時代の日々の日射量を3時間ごとの精度で明らかにした。
この測定で、約5000年前の冬の日射量は現在と同じか、わずかに高かった可能性がわかった。過去の日射量を復元する新しい画期的な手法で、気温や降水量などの異なる気象データと併せて評価すれば、気候変動の仕組みに迫ることが可能となる。北海道大学との共同研究で、3月4日付の英オンライン科学誌に発表した。
日射量は気候変動を駆動する重要な要素にもかかわらず、古い時代の研究がほとんど進んでいない。日射量と気温が連動して変化するため、化石などの地質試料に記録されるこれら2つを分離することが難しかったからだ。研究グループは、飼育したシャコガイの殻に含まれる微量なストロンチウムとカルシウムの比が日射量の変化と高い相関を示すことを見いだしていた。今回は、化石になったシャコガイの殻で、ストロンチウムとカルシウムの比を算出して日射量の記録を抽出できるか、試みた。
沖縄県の石垣島で、人間が入れるくらいにまで成長する世界最大の二枚貝であるオオジャコの化石を採集し、二次元高分解能二次イオン質量分析計で、化石貝殻のかけらに含まれるストロンチウムとカルシウムの比を分析した。オオジャコが成長していた時代は、試料に含まれる放射性炭素の量から、紀元前3086-2991年と判明した。気温が現在より高く、海水準が上がっていた中期完新世の終わりごろに相当する。
熱帯に生息するオオジャコ(亜熱帯の石垣島では現在、絶滅)の成長速度は年間数ミリメートルに及ぶ。このため、2マイクロメートル(マイクロは1000分の1)の空間解像度で殻に含まれる微量な元素を分析すれば、2〜3時間という間隔で推定できる。研究グループは、シャコガイ殻の切片から、約2年分の記録を抽出した。分析の結果、殻に含まれるストロンチウム/カルシウム比は、成長速度が遅くなる夜間に上昇し、成長速度が速い日中に低下する日周変化を示した。これが日輪となって、木の年輪のようにくっきり浮かび上がった。
特に明瞭な周期パターンが得られた2年分の冬のデータを解析したところ、最初の冬の1時間当たり日射量は平均2.60±0.17メガジュール毎平方メートルで、現在の晴天時の平均日射量に相当した。温暖期だった約5000年前の年前の中期完新世には、冬の日射量が現在と同じか、晴天が続いて、それよりもわずかに高かった可能性が示された。
佐野有司教授は「今回の結果は1個体の2年分のデータにすぎない。しかし、農作物の作柄などに影響する日射量を詳しく推定できる手法の突破口が開けた意義は大きい。過去の温度は、酸素の同位体で推定されているが、せいぜい3日ごとで、今回の日射量より分解能は劣る。今後、別の個体の化石を多数測定して、日射量推定の手法の精度を一層上げて、確立する。また、1万年前の寒冷期に生息していた貝化石にも研究を広げて、日射量と気候の関係を示し、気候変動の仕組みを明らかにする手がかりとしたい」と話している。
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