ナノマシンの将来性を広げる成果が出た。「ナノのこま」と呼ばれる世界最小のカーボンナノチューブ分子ベアリングの動きを、東北大学大学院理学研究科の磯部寛之(いそべ ひろゆき)教授と河野裕彦(こうの ひろひこ)教授らが最先端の理論計算で解明した。2種類の異なる回転が存在し、低温では歳差運動が主体、高温ではそこに自転運動が加わることを突き止めた。新知見を分子設計に活用すれば、ナノサイズの運動を自在に制御できそうだ。2月18日付の英王立化学会誌ケミカルサイエンスに発表した。その様子を動画でも公開した。
研究グループは2013年、多数の炭素原子だけからなる「カーボンナノチューブ分子ベアリング」を大量合成した。カーボンナノチューブ分子を外枠に、サッカーボールのようなフラーレンを回転子とした直径1.4ナノメートル(ナノは10億分の1)の ベアリングである。分光分析で、この分子ベアリングでは回転子がこまのように盛んに回っていることがわかっていた。温度を変えると、回転運動が何か変化するが、その実体は謎だった。
この謎解きに理論で取り組み、実験化学者と理論化学者が共同してカーボンナノチューブ分子ベアリングの回転の詳細を明確にした。まず、この分子ベアリングの理論分析に適した手法を探索した。10種を超える手法から、平尾公彦(ひらお きみひこ)理化学研究所計算科学研究機構長らが開発した密度汎関数 LC-BLYP法が最適で、実験的な熱力学エネルギーを精度よく捉えることを見いだした。この計算法でカーボンナノチューブ分子ベアリングの回転を再現した。
その結果、分子ベアリングの回転には歳差運動と自転運動という2種類の異なる動きがあることを見つけた。さらに、温度が低い低エネルギー状態のときには、歳差運動が主に起こっており、温度を上がって高エネルギー状態になるにつれて、自転運動が加わっていくことを確かめた。この2種類の運動の存在と、温度による変化が、分光による解析を困難にしていた原因だった。
こまの動きは、回し始めには、軸が直立した自転運動の回転が主だが、回転が止まるころには、回転軸が円を描くようにふらふらと振れる歳差運動が主になる。これと似た現象がナノサイズのこまでも起こっていることを、今回の理論研究は示した。また、ナノサイズのこまの回転には摩擦がほとんどなく、一度エネルギーを与えると、なかなか回転が止まらないこともわかり、ナノの世界でのみ起こる不思議な現象の一端がうかがえた。
磯部寛之教授は「ナノサイズになると、何が起きているか、誰も知らなかった。ナノでも、われわれがよく知っているこまと同じ回転様式だという結果が出て、びっくりした。公開した動画はイメージを示した。回転数は今回の計算ではわからないが、肉眼では見えないほど速い。この成果は、ナノサイズの分子機械に新しい方向性を示すもので、化学合成とそれを活用した新しい機能性ナノ分子機械の設計、製造の指針になる」と話している。
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