遺伝病の家族性自律神経失調症の新薬候補となる化合物を、京都大学大学院医学研究科の萩原正敏(はぎわら まさとし)教授らが培養細胞の実験で見つけた。遺伝子本体のDNAではなく、タンパク質を作るRNAの段階に操作する方法で、遺伝病の根本的な薬物療法に道を開いた。東京大学、東京医科歯科大学との共同研究で、2月9日付の米科学アカデミー紀要オンライン版に発表した。
遺伝病はDNAの変異で起こされる。全身の細胞でDNAの遺伝情報を書き換えることはできないため、根本的な治療が難しい。DNAは主にタンパク質の設計図としての機能を果たす。設計図の情報はイントロンという配列で分断されているため、このイントロンを除いて、意味のあるRNAの部分をつなぎ合わせるスプライシングの過程が重要な役割を果たしている。
家族性自律神経失調症は、IKBKAP遺伝子のイントロンにある1塩基変異でスプライシングの異常が生じ、設計図通りにタンパク質が作られなくなって発症する。この遺伝病患者は日本には少ないが、東欧系ユダヤ人は20〜30人に1人の割合でその遺伝変異を持っているという。
研究グループは、この遺伝病のDNA変異を持っていても、正しくスプライシングを起こさせる低分子の新規合成化合物レクタスを発見した。この化合物を患者由来の細胞に投与すると、変異を持っていても正しい設計図コピーが作られ、正常なタンパク質が作られることを確かめた。マウスの動物実験では、経口投与で血中や脳にいきわたり、毒性もなく、この化合物が新薬になり得ることを示した。国内外の特許も出願した。
さらにIKBKAP遺伝子の機能も調べた。患者の培養細胞でIKBKAP遺伝子産物が、バリンなどのアミノ酸を運ぶtRNAの成熟に関わることを初めて突き止めた。新規化合物のレクタスを投与すると、作られるタンパク質が正常になり、tRNAが成熟することを確かめた。
萩原正敏教授は「この化合物はほかの遺伝病にも効きそうだ。幹細胞移植などの高度な方法でなく、飲み薬で遺伝病を治せる可能性を示した意義は大きい。DNAからタンパク質が作られる際に仲介をするRNAの量と発現パターンを低分子化合物で変えて治そうとする戦略で、今後も合成化合物を幅広く検索していきたい。その中から臨床試験を経て、実際に使える新薬が出てくるだろう」と話している。
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