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6置換ベンゼンの自在な合成に初成功

2015.01.27

 6置換ベンゼンを意のままに作る新しい合成法を、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の伊丹健一郎(いたみ けんいちろう)拠点長・教授、山口潤一郎(やまぐち じゅんいちろう)准教授、大学院生の鈴木真(すずき しん)さん、瀬川泰知(せがわ やすとも)特任准教授が開発した。破格の構造多様性をもつ多置換ベンゼンをプログラムされた様式で合成できる手法で、長年の難問の「多置換ベンゼン問題」に答えを出した画期的な成果である。1月27日の英科学誌ネイチャー・ケミストリーのオンライン版に発表した。

 ベンゼンは分子式C6H6をもつ六角形の有機分子であり、亀の甲のような構造の単純さと美しさから有機化学のシンボルと言われてきた。その多彩な機能と安定性のために、医農薬、香料、染料、プラスチック、液晶、エレクトロニクス材料に広く使われており、現代の生活はベンゼンなしでは成り立たない。ベンゼンにさまざまな機能を与える鍵は、ベンゼン環に結合している6つの水素原子を多様な置換基(原子や原子団)に置き換えることにある。

 どのような置換基をどのような配置で導入するかによって、置換ベンゼンの性質は大きく変わる。置換ベンゼンを選択的に合成する手法の開発は化学の発展を支える最重要課題のひとつとなっていた。しかし、多置換ベンゼンを意のままに作り分ける「プログラム合成」はできず、「多置換ベンゼン問題」として化学の未解決問題とされてきた。

 ベンゼンの6つの水素原子をすべて芳香族置換基(アリール基)で置換したヘキサアリールベンゼン(HAB)は6置換ベンゼンの一種だ。しかし、選択的合成の難しさから、これまで研究されてきたHABは1 、2種類のアリール基で置換された対称性の高いものばかりに限られていた。特に、6種類の異なるアリール基で置換された「究極のHAB」はこれまで合成・単離されたことがなく、その物性などは未知のままだった。名古屋大学の研究グループは長年の研究の末に今回、HABのプログラム合成法を開発し、ついにこの難問を解決した。

 開発のポイントはまず「硫黄が入ったチオフェン環を使う」ことにある。市販の3-メトキシチオフェンを共通の出発原料に、カップリング反応を順次繰り返して、4個のアリール基を導入して置換されたテトラアリールチオフェンを作った。最後に、これを酸化させた後に非対称のジアリールアセチレン(Ar-C≡C-Ar)を作用させて加熱すると、付加環化反応が進行してチオフェン環の硫黄原子が一酸化硫黄として脱離する。こうして、ベンゼン環が構築されて、6つの異なる置換基をもつHABが合成できた。

 構造的に純粋な6つの異なる置換基をもつ完全非対称HABを世界で初めて単離し、構造決定することにも成功した。このプログラム合成で、これまで検証できなかった非対称HABの新しい物性を探り、多様な機能性材料への応用展開に道が開けた。例えば、合成した一連の非対称HABの中から青〜緑の蛍光を示すものがあった。この光物性に及ぼす特異な置換基効果は、非対称HABの機能性材料への応用研究に指針となる。有機エレクトロニクス材料、ナノグラフェン材料、バイオイメージングプローブなどで応用が期待される。

 伊丹健一郎拠点長は「われわれの合成法なら、何でも自由自在にベンゼン環にくっつけることができる。10年以上追い求めてきた大きな目標が達成できた。6つの異なるアリール基で置換されたベンゼンの合成は、膨大に多様な物質が合成可能なだけに、新機能材料の宝庫になる。ベンゼン化学が新たに飛躍する基礎になるだろう。英国のファラデーによるベンゼンの発見から190年、ドイツのケクレによる亀の甲構造の提案からちょうど150年の記念すべき年に、重要な結果を発表できてうれしい」と話している。

多置換ベンゼンのプログラム合成
図1. 多置換ベンゼンのプログラム合成
ヘキサアリールベンゼン(HAB)
図2. ヘキサアリールベンゼン(HAB)
非対称HABのプログラム合成スキーム
図3. 非対称HABのプログラム合成スキーム
(いずれも提供:伊丹健一郎名古屋大学教授)

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