未来の磁気メモリー材料として有望な新現象が見つかった。瞬間的に大きな磁場を発生できるパルスマグネットを用いた精密な実験の結果、ビスマスフェライトでこれまで知られていなかった新たな方向の電気分極を発見し、その電気分極が磁場によって制御できることを、東京大学物性研究所の徳永将史(とくなが まさし)准教授らが実証した。
このビスマスフェライトにおける新しい電気分極は室温で磁気メモリーとして使える特性を備えていた。未来の磁気メモリー材料開発につながる発見といえる。産業技術総合研究所、福岡大学、上智大学、青山学院大学との共同研究で、1月9日付の英オンライン科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表した。
コンピューターメモリーの高密度化は、微細加工技術の進展に支えられてきたが、高密度化は限界を迎えつつあり、原子レベルでメモリーとして機能する物質の開発が待ち望まれている。その有力な候補物質として、磁性体で強誘電体でもあるビスマスフェライト(BiFeO3, Bi:ビスマス、Fe:鉄、O:酸素)に、研究グループは注目した。ビスマスフェライトは唯一、室温で磁性と強誘電性が共存する。
研究グループは、産業技術総合研究所で最近作製されたビスマスフェライトの良質な単結晶を、東京大学物性研究所の国際超強磁場科学研究施設のパルスマグネットに持ち込んで、強磁場下の磁気的、電気的応答を調べた。精密測定に必要な試料の整形は上智大学の装置で行った。その結果、これまで知られていた電気分極のほかに、これと垂直な電気分極が存在することがわかった。この新しい電気分極成分が磁場で制御可能であることも示した。
ビスマスフェライトでは、結晶中のある方向に向かって磁気モーメントの向きが連続的に変化するらせん磁気秩序を起こす。今回の研究では、この磁気モーメントの変調方向をX軸方向に向けた時、垂直のY軸方向に電気分極が生じることを示した。福岡大学と青山学院大学の理論グループは、この磁気モーメントの向きと垂直方向に生じる電気分極の微視的な説明に成功しており、今後の関連物質の物質設計にも新しい指針となると期待される。
ビスマスフェライトでは安定な3つの磁気構造がある。磁場を加えると、磁場と垂直方向を向いた磁気変調構造が安定になるため、この3つの状態のうち1つを選択的に実現できる。それに伴って磁気秩序に付随する電気分極も 120 度ずつ回転した3つの状態のうち、1つを選択できる。磁場をいったん加えて状態を変えると、磁場を取り除いた後でも、変化後の状態が続くため、不揮発性メモリーとしての性質を備えている。
この物質の実用的な利点として、研究グループは3つの優れた特性を挙げる。まず、安定なメモリー効果である。室温で動作し、強い磁石を近づけても情報が消えることはない。次に、電気分極の方向は3つあり、従来の0と1の2値のメモリーでなく、3値のメモリーになり、より高密度の情報記録に応用できる。さらに、物質自身がメモリー機能を保有しているため、微細化や量産化に有利な条件がある。
徳永将史准教授は「今回発見した新しい電気分極は一度磁場を加えると、元と異なる状態に変化し、磁場を除いた後でも変化後の状態を保持し続ける。電気分極の向きで情報を記録するメモリーとして使える可能性は大きい。消費電力が少なく、磁石を近づけても情報が乱されない磁気メモリー材料に応用できる。今後、実際のメモリーとしての動作に必要な電場による磁気秩序、電気分極の制御とその直接観測を目指したい」と話している。
関連リンク
- 東京大学物性研究所 プレスリリース
- 産業技術総合研究所 プレスリリース
- 上智大学 プレスリリース
- 福岡大学 プレスリリース