材料科学に反発力を活用する道が開けた。互いに静電反発する酸化チタンナノシートを磁場に対して垂直な方向に配列し、ゼリー状物質のヒドロゲル中に閉じ込めることでユニークな機械的物性が現れる材料の開発に、理化学研究所創発物性科学研究センターの相田卓三(あいだ たくぞう)グループディレクターと石田康博(いしだ やすひろ)チームリーダー、劉明傑(リュウ ミンジェ)特別研究員らが初めて成功した。
酸化チタンのナノシート面の間には強い静電反発力が現れる。このナノシートをヒドロゲルで固定すると、縦方向の大きな荷重に耐え、横方向に変形しやすい防振材料のようなユニークな特性が実現した。この成果で、これまでまったく省みられなかった反発力を材料設計に活用する可能性を示した。物質・材料研究機構の佐々木高義(ささき たかよし)フェローらの共同研究で、1月1日付の英科学誌ネイチャーに発表した。
電気・磁気的な反発力を利用した装置にリニアモーターなどがあり、引力だけでは得られない特別な性能が発揮されている。これに対し、セラミックスやプラスチックなど構造材料の設計では反発力を利用する試みがこれまでなかった。一方、動物の関節軟骨は、高密度の負電荷を帯びた高分子で構成され、その静電的な反発力で、高い耐荷重性と低摩擦性が実現されている。研究グループは、ナノ構造体の配向制御に着目して、反発力を活用した新しい構造材料の開発に挑んだ。
水中に分散したイオン性の酸化チタンに磁場を加えると、ナノシートが磁場に対して垂直な方向に配列し、面と面を向き合わせたナノシート間に強い静電反発力が現れることを見いだした。これまで報告されている酸化物ナノシートはすべて、加えた磁場に対して平行に配向して、配向ベクトルを軸に回転してしまうため、面が重なるようなナノシート同士の配向に固定できなかった。一方、酸化チタンナノシートは面と面を向き合わせて重なりあい、静電反発力が現れる構造ができた。
このナノシートの配向は、磁場を解除すると、時間とともに消失してしまうが、磁場中で重合反応を行えば、配向構造を化学的に固定できる。ナノシートの分散液にビニルモノマーを加えて重合させることで、磁場で配向した構造を固定する。これをゲル化して、静電反発力により内部から支えられた3次元の網目構造のヒドロゲル材料を作製した。このヒドロゲルは、縦方向の大きな荷重には耐えつつ、横方向には容易に変形するという、通常の材料では実現できない特異な機械的特性を示した。酸化チタンナノシートはヒドロゲル全体の1%未満にもかかわらず、その配向特性が材料物性に大きな影響を与えた。
石田康博チームリーダーは「構造材料の機械的物性を制御するのに、反発力が極めて有用なことを実証した。酸化チタンナノシートがなぜ磁場に対して垂直に配列するかを解明すれば、反発力を利用した構造材料設計の可能性は大幅に広がる。構造材料の設計の選択肢として引力に加え、反発力を考える必要があるなど、大きな影響を与えるだろう」と話している。