過去の巨大津波が内陸のどこまで浸入していたかは、津波防災で重要な情報だが、その識別は難しい。2011 年の東日本大震災の津波堆積物を元素含有量データから客観的に識別する数理的手法を、東北大学大学院環境科学研究科の桑谷立(くわたに たつ)助教らが開発した。過去の巨大津波到達範囲の正確な推定に役立つことが期待される。
同研究科の駒井武(こまい たけし)教授、土屋範芳(つちや のりよし)教授、渡邊隆広(わたなべ たかひろ)助教(現・日本原子力研究開発機構)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の永田賢二(ながた けんじ)助教、岡田真人(おかだ まさと)教授、秋田大学の小川泰正(おがわ やすまさ)准教授との共同研究で、11月17日付の英オンライン科学誌サイエンテフィックリポーツに発表した。
津波堆積物の存在は津波到達の明確な証拠になるため、その客観的な認定は津波到達範囲の推定に重要な役割を果たす。従来、津波堆積物は、海の生物の微化石や砂層の存在で認定されてきた。しかし、津波堆積物であっても、常に微化石が含まれているとは限らない。しかも、津波は通常、砂が堆積する範囲よりも内陸側に浸水するため、従来の判別基準だけでは不十分だった。
研究グループは、元素含有量を基準とする地球化学的な判別方法に注目した。この手法は、砂より内陸側に堆積することが多い泥についての識別にも有効と考えられている。ただ、元素含有量は堆積物の供給源や周囲の岩石・土壌によって異なるために、それぞれの津波や地域ごとに最適な判別基準を作成する必要がある。これまで、地球科学者が経験的、直観的に選んだ比較的少数の元素だけを使っていたが、精度の高い識別は困難だった。
そこで、多数の元素の含有量データを最大限に活用するために、機械学習と呼ばれる情報科学の手法を利用して解析した。桑谷立助教らは2011年3月11日の東日本大震災の津波被災地を回り、同年4〜8月に岩手県久慈市から福島県南相馬市にいたる129地点で津波堆積物を採集した。その元素分析データから、東北地方に広く分布する新第三紀層の海成堆積物(非津波堆積物)と区別するための客観的基準を設定することを目的とした。
地球上に多く含まれる主要元素と重金属類の18 元素(Na、 Mg、 Al、 Si、 K、 Ca、 Ti、Mn、Fe、V、Cr、Ni、Sb、Cu、Zn、As、Cd、Pb)の分析データで線形判別分析を試みた。その結果、マグネシウム(Mg)、ケイ素(Si)、カルシウム(Ca)の3元素による識別率は91.2%で、18元素すべてを使うと95.6%だった。最適な11元素の組み合わせで識別率が100%になることを確かめた。このほか、99%以上の確率で津波堆積物を識別できる有効な数十の元素の組み合わせを見いだした。
桑谷立助教は「今回の研究で、堆積物の元素含有量のデータから、津波によるものか否かを識別できる可能性があることを示した。元素含有量のデータは、津波堆積物の起源についても知見を与えてくれる。地球・環境科学者と情報科学者との密接な連携で得られた成果だ。地質調査など既存の津波堆積物の判定法と併せれば、過去の巨大津波の到達場所がより正確にわかるだろう」と話している。
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