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無汗症の原因遺伝子はIP3受容体だった

2014.10.22

 汗をかけない先天性無汗症患者の原因遺伝子が、細胞内のカルシウム濃度を調節しているイノシトール三リン酸(IP3)受容体であることを、理化学研究所脳科学総合研究センターの御子柴克彦(みこしば かつひこ)チームリーダーと久恒智博(ひさつね ちひろ)研究員らが初めて見つけた。発汗による体温調節の一端の解明や治療法に道を開く発見として注目される。スウェーデンのウプサラ大学との共同研究で、10月20日付の米科学誌The Journal of Clinical Investigationオンライン版に発表した。

 ヒトは暑さや運動などで体温が上昇すると、汗をかく。汗は蒸発する際に体から熱を奪い、体温を下げる。汗をかけないと、熱中症やめまいを発症しやすく、重症化して、意識障害やけいれんなどを起こすこともある。このような無汗症の原因として、汗腺の形成不全や交感神経の異常などがこれまで報告されていたが、その他の原因はわかっていなかった。

 共同研究グループはまず、パキスタンで特異な先天性無汗症を発症する家系を発見した。この先天性無汗症患者は、汗腺の形成不全や交感神経の異常が見られず、発汗の異常以外は健常者と変わらなかった。家族全員には症状が出ていないことから、原因遺伝子は常染色体劣性遺伝子と推測して、詳しく遺伝子を解析した。

 その結果、この疾患の原因遺伝子が2型IP3受容体を発現する遺伝子であることを突き止めた。IP3受容体は、細胞内に存在するカルシウム貯蔵庫である小胞体の膜上にあるイオンチャネルだ。細胞外からの情報に応じて小胞体から適切な量のカルシウムを細胞内に放出し、細胞内のカルシウム濃度を調節している。3つのタイプがあり、2型と3型は外分泌腺に多く発現することが知られている。

 共同研究グループは、患者の2型IP3受容体のイオンチャネル形成領域(カルシウムイオンを通す小さな穴の部分)に、1つの塩基の変異(1つのアミノ酸の置換)があることを見いだした。患者の2型IP3受容体では、細胞外の刺激に応じてカルシウムイオンを小胞体から放出する機能が完全に欠落していた。2型IP3受容体を欠損したマウスでは、汗腺の細胞内カルシウム量が低下し、汗の分泌量が減少した。一連の実験で、汗腺細胞に発現する2型IP3受容体からのカルシウム放出は、発汗に重要であることが明らかになった。

 御子柴克彦チームリーダーは「2型IP3受容体がヒトで見つかったのは今回が初めてだ。IP3受容体が3つのタイプごとにその機能が違うこともわかった。ヒトにとって体温調節は重要で、今回の発見は無汗症の治療のヒントになる。この受容体の機能の阻害薬などを塗り薬にすれば、汗が原因で強いにおいを発するわきがに悩む人々に使える可能性もある」と話している。

健常者と先天性無汗症患者の発汗の様子と2型IP3受容体DNAの変異の比較
図. 健常者と先天性無汗症患者の発汗の様子と2型IP3受容体DNAの変異の比較。Aは、ヨウ素デンプン反応による発汗の様子。健常者(上)は発汗によりヨウ素デンプン反応が進み、汗が青紫色に染まるのに対して、患者(下)は汗が全く出ていない。Bは、患者の2型IP3受容体に見つかったDNAの変異。患者のDNAの塩基配列は、グアニン(G)がアデニン(A)に変わり、アミノ酸がグリシン(Gly)からセリン(Ser)に変化していた。
患者で見つかった点変異をもつ2型IP3受容体の活性
グラフ. 患者で見つかった点変異をもつ2型IP3受容体の活性。左図の健常者のIP3受容体を発現する細胞は、細胞外刺激(矢印)を加えると小胞体からカルシウムを放出し、細胞内のカルシウム濃度の上下振動が見られる。右図の患者の変異型IP3受容体を発現する細胞は、刺激を加えても全くカルシウム濃度の上昇が見られない。
(いずれも提供:理化学研究所)

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