運動機能などに関わる後脳・小脳系の神経回路を正しくつなぐ仕組みを、慶應義塾大学医学部生理学教室の桑子賢一郎(くわこ けんいちろう)特任講師、岡野栄之(おかの ひでゆき)教授らがマウスで発見した。後脳から小脳への入力回路の接続の際に、細胞接着因子のカドヘリン7が働いて、神経回路の接続部位に作られるシナプスの形成を促し、同時に神経軸索の伸長を適切な場所・タイミングで止めて、正確な回路接続に寄与するという実体を突き止めた。
「止める」「つなぐ」の一人二役を担うカドヘリン7の機能は、脳神経系に存在する無数の神経回路を混線することなく正しく配線して機能的な回路網を構築するための基本原理の一端を示すもので、神経回路の異常によって引き起こされるさまざまな疾患の原因究明にも役立つと期待される。10月2日付の米科学誌セルリポーツのオンライン版で発表した。
哺乳類の精巧な脳神経回路網は、運動や知覚、学習、記憶などの脳の高次機能を担う基盤だが、それぞれの神経細胞が設計図に描かれた通りに回路を正しく構築する詳しい仕組みは、解明が進んでいなかった。特に、神経細胞が決められた標的細胞のみと特異的に接続して回路を作るプロセスは、多くの謎が残されていた。
研究グループは、小脳への情報入力を担うマウスの神経回路形成がどのように制御されているか、を探った。神経回路が形成されるマウスの生後すぐの発生期に、小脳への入力神経回路のうち、苔状線維(たいじょうせんい・軸索の束)と呼ばれる神経回路で、カドヘリン7が特異的に発現していることを見いだした。多くのカドヘリンは細胞表面に存在し、基本的に同じ種類のカドヘリン同士が結合して細胞を接着させることが知られている。
正常な脳では、苔状線維は後脳から小脳へと伸びていき、小脳内で顆粒細胞やゴルジ細胞と呼ばれる神経細胞群と特異的に接続してシナプスを作る。しかし、後脳の神経細胞でカドヘリン7の発現を抑制すると、苔状線維は、小脳には到達するが、本来の標的細胞ではないプルキンエ細胞とも接続してしまう。この事実は、カドヘリン7が標的細胞との選択的な接続に重要な役割を果たしていることを裏付けた。
さらに調べたところ、苔状線維の先端と標的細胞である顆粒細胞の樹状突起の両方にカドヘリン7が存在した。また、カドヘリン7が苔状線維と顆粒細胞の間のシナプス形成を促進して両者を特異的に結びつけていること、顆粒細胞がカドヘリン7 を介して苔状線維の伸長を止めていることも明らかにした。今回の発見で、カドヘリン7が苔状線維の神経回路形成の「止める」「つなぐ」といった二つのステップを同時に制御して、スムーズで正確な接続を可能にしていることが初めてわかった。
研究グループの桑子賢一郎特任講師は「複雑な神経回路網を正確に構築するための基本原理の解明は、高度に発達したヒトの脳の構造と機能を理解する上で極めて重要だ。他のさまざまな脳神経回路でも同様の仕組みがあるかを検証して、回路接続を制御する原理の共通性と多様性を明らかにしたい。損傷や病気によって失われた神経回路の正確な再構築を目指す神経再生医療にも重要な基礎的知見となる」と話している。
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