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電導性と磁性が切り替わる有機物開発

2014.08.28

 固体有機材料のブレークスルーとなる新物質ができた。水素結合ダイナミクスで電気伝導性と磁性を同時に切り替えることができる純有機物質の開発に、東京大学物性研究所の上田顕(うえだ あきら)助教、森初果(もり はつみ)教授らが初めて成功した。この物性切り替えが、熱による水素結合部の重水素移動と電子移動の相関に基づく新しいスイッチング現象であることを解明した。

 水素結合を基にした新しい低分子系純有機スイッチング素子や薄膜デバイスの開発につながる発見として期待される。高エネルギー加速器研究機構の村上洋一教授、熊井玲児教授、中尾裕則准教授、総合科学研究機構の中尾朗子副主任研究員、岡山理科大学応用物理学科の山本薫准教授、東邦大学理学部の西尾豊教授らと共同研究で、8月15日付の米化学会誌Journal of the American Chemical Societyオンライン版 に発表した。同誌の Spotlights(注目論文)に選ばれている。

 水素原子を介する結合は物質を構成する最も重要な化学結合のひとつである。水やタンパク質などの生体物質に存在し、生命や生活にとって不可欠な役割を果たしている。この水素結合で分子やイオンをうまく連結させると、その物性を制御したり、ある温度で切り替えたりすることが理論的に可能となる。しかし、水素結合を用いた切り替えの成功例はこれまで、誘電性などごく一部に限られていた。

 研究グループは、Cat-EDT-TTF と呼ばれる 2 個の有機分子が [O???D???O] 型の重水素を介した水素結合で連結された新物質を作った。この物質はユニット構造のみから構成され、金属や無機物を含んでいない。電気抵抗率を室温から温度を下げながら測定したところ、マイナス88℃(絶対温度185度)付近で急激に上昇し、半導体から絶縁体に変化した。同様に磁化率もやはりマイナス88℃ 付近で急激に変化し、非磁性状態に変わった。

 低温の側から加熱した場合には、逆の変化がマイナス88℃付近で見られ、この温度で電気伝導性と磁性が同時に切り替わっていることを確かめた。一方で、この物質の水素結合部の重水素(D)が水素(H)である類似物質では、スイッチング現象は全く起きなかった。

 詳しく解析するため、高エネルギー加速器研究機構で放射光を用いて結晶構造の変化を調べたところ、物性が切り替わる温度のマイナス88℃の前後で[O???D???O] 水素結合部の重水素 (D) の位置が変化し、これに連動して 2 個の Cat-EDT-TTF分子上の電荷のバランスが(+0.5 対 +0.5)と(+0.06 対 +0.94)で切り替わっていることを見いだした。

 このデータで、熱による重水素移動を引き金とした電子移動がこのスイッチング現象の源となっていることを実証した。水素結合を担う水素を重水素に置き換えたため、水素結合の構造がわずかに変化して、この変化がスイッチング現象を可能にしていることも突き止めた。

 研究グループの上田顕助教は「多くの研究者が長年、試みてできなかったことが実現した。鍵を握ったのは、独自に設計、開発した有機分子を、重水素の水素結合で連結させたことにある。重水素の位置が変わることによって有機分子そして物質全体の状態が変化し、電気伝導性と磁性が切り替わった。重水素移動と電子移動が動的に相関した新しい機能性純有機固体で、固体化学・物理や物質科学に刺激を与えるだろう。純有機物であることを生かして新しいスイッチ素子などデバイス面の応用の可能性もある」と話している。

今回開発した新物質 κ-D3(Cat-EDT-TTF)2での電気伝導性・磁性の熱による切り替えと化学構造・電子構造の変化
図. 今回開発した新物質 κ-D3(Cat-EDT-TTF)2での電気伝導性・磁性の熱による切り替えと化学構造・電子構造の変化
グラフ. (a)の電気伝導性(電気抵抗率)と(b)の磁性(磁化率)の熱による切り替えを示すグラフ。青丸、赤丸は今回開発した重水素(D)体 κ-D3(Cat-EDT-TTF)2 のデータ。低温へ冷却した場合、低温から加熱した場合の結果をそれぞれ表している。黒丸は研究グループが 2013 年に開発した軽水素(H)体 κ-H3(Cat-EDT-TTF)2 のデータ。
グラフ. (a)の電気伝導性(電気抵抗率)と(b)の磁性(磁化率)の熱による切り替えを示すグラフ。青丸、赤丸は今回開発した重水素(D)体 κ-D3(Cat-EDT-TTF)2 のデータ。低温へ冷却した場合、低温から加熱した場合の結果をそれぞれ表している。黒丸は研究グループが 2013 年に開発した軽水素(H)体 κ-H3(Cat-EDT-TTF)2 のデータ。
(いずれも提供:東京大学物性研究所)

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