磁気書き込みに新技術が現れた。高周波電圧をかけることによって、金属磁石材料の磁化の向きを反転させるのに必要な磁界を大幅に減らせる新しい「磁化反転アシスト技術」を、産業技術総合研究所ナノスピントロニクス研究センターの湯浅新治研究センター長と野﨑隆行主任研究員らが開発した。次世代の磁気書き込み技術の基になる成果として注目される。6月30日に日本の科学誌Applied Physics Expressのオンライン速報版に発表した。
磁化参照層/絶縁層/超薄膜磁化フリー層のサンドイッチ構造からなるトンネル磁気抵抗素子に高周波電圧をかけると、超薄膜磁化フリー層(厚さ、1.2ナノメートル)の磁気異方性が周期的に変化する。これにより、傾いたこまのように回る磁化の歳差運動が生じて、磁化反転のための磁界が最大80%も低減できることを、研究グループは初めて実証した。「この現象は、磁気記録や不揮発性固体磁気メモリーなどで、消費電力の少ない情報書き込み技術への応用が期待される」としている。
磁石のN極とS極の向きを0と1に置き換え、情報として磁気がテープやディスクの中に記録される。その記録容量の増大が、爆発的に成長する情報社会を支えてきた。記憶容量を増やすためには磁石を小さくする必要があるが、それに伴って磁化の向きを維持するのが難しくなり、室温でも情報が失われる恐れが生じる。これを防ぐために、磁化の向きを固定する仕掛けをしているが、逆に、情報の書き換えに必要な磁界が大きくなりすぎて、書き換えにくくなるジレンマに陥る。
研究グループは、この問題を解決するため、新しい磁化反転アシスト技術の実証に取り組んだ。トンネル磁気抵抗素子にマイクロ波で高周波電圧をかけながら、外部磁界で超薄膜磁化フリー層の磁化を反転させて、その挙動を測定した。反転磁界と高周波電圧周波数の関連をデータで見ると、超薄膜磁化フリー層の歳差運動が最も効率よく生じる1ギガヘルツ付近で、反転磁界が80%も減っていた。
これまでのマイクロ波アシスト磁化反転には、数〜十数ミリアンペアの比較的大きな電流を流す必要があったが、今回開発した方法では、高周波電圧により歳差運動を引き起こすことができるため、本質的に電流を必要としない。実際に抵抗の高いトンネル磁気抵抗素子で実験を行い、0.1ミリアンペア以下の低電流での実証に成功した。このため、電力消費を数十分の1に抑えながら、磁化反転による記録書き換えが可能になった。この実証で、次世代の超高密度磁気記録などの書き込みの低消費電力化を促す新技術として実用化に一歩を踏み出した。
研究グループの野﨑隆行主任研究員は「この新技術が実用化されるまでに、課題はまだ多いが、消費電流を下げて、電圧でアシスト磁化反転ができることを実証した意義は大きい。記憶素子の高容量化、超小型化を実現していくのに、欠かせない技術になるだろう。今回の成果はその突破口になる」と指摘している。
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