地球の温暖化で北極海の海氷が急激に減少しているが、北極海の生物生産は増えそうだ。栄養分豊かな大陸棚由来の海水(陸棚水)が、近年の海氷減少で活発化した海の渦や循環によって深い北極海盆域に輸送されて、初冬の海氷下でも生物生産が活発化して、生物由来の有機物粒子が多く沈降していることを、海洋研究開発機構地球環境観測研究開発センターの渡邉英嗣(わたなべ えいじ)研究員、小野寺丈尚太郎(おのでら じょうなおたろう)主任研究員らが解明した。
北極海の海氷減少が海洋生態系に及ぼす影響の予測を前進させる重要な成果といえる。国立極地研究所、北海道大学、常葉大学との共同研究で、5月27日付の英オンライン科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表した。
研究グループは2010年10月から、北極海の太平洋側のノースウィンド深海平原(NAP地点)に設置したセディメントトラップ係留系で沈降する粒子を捕獲して連続観測している。その結果、10月以降の初冬に新鮮な二枚貝の稚貝を多く含む有機物粒子が大量に捉えられた。沈降粒子には鉱物や沿岸の珪藻類も見られ、大陸棚からの海水の輸送がうかがえる。
この観測データを踏まえ、渦解像海氷海洋結合モデル(5キロメートル格子間隔)を新たに開発した。このモデルによる数値実験をスーパーコンピューターの地球シミュレータ(横浜市)で実施し、NAP地点の生物由来粒子の季節変動を再現することに成功した。北太平洋から海水がベーリング海峡を通って北極海に流れ込む際に直径数十キロの海洋渦が形成され、陸棚水が海盆に輸送されて、渦内部では動植物プランクトンが盛んに活動していることがわかった。
数値実験で、海氷減少に伴って、渦活動による生物由来粒子の沈降が徐々に増えていく仕組みも確かめた。冬の海氷下では、北極海の多くの海域でプランクトン活動が休止すると考えられているが、流入する海洋渦の中では、生物の生産活動が継続し、渦が通過する初冬に深海への生物由来粒子の沈降量がピークに達していた。
研究グループは「まず、栄養分が豊かな北極海の陸棚域で、海氷に覆われる時期が短くなって、植物プランクトンの生産が促される。また、海水の流れを抑えるふたの役割を果たしていた海氷が減少すると、海流や渦が強化される。その結果、渦の中で魚類などのえさになる動植物プランクトンの生息環境が向上し、生物由来粒子の深海への沈降も増える」と、北極海の「生物ポンプ」活発化のシナリオを描いた。
今回の結果は、これまで一年中海氷に覆われていたため、動・植物プランクトンや魚類の生息は困難と考えられていた北極海盆の一部で、生物の生息環境が向上していることを示した。
渡邉英嗣研究員は「海氷減少で栄養分が減るという推測もあるが、今回調べた太平洋側の北極海では、渦の効果もあって、生物生産が活発になっていることがわかった。これは、現場観測と数値計算の両面から示されたもので、仮説の域を超えたと思う。将来は、太平洋側の海水が流れ込む北極海の海盆が好漁場になる可能性も出てきた」と話している。
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