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雌雄逆転発見「とりかへばや昆虫記」

2014.04.21

 生物の多様さには驚かされる。交尾器が雌雄で逆転し、雌が伸縮可能なペニス様の挿入器を持つ昆虫を、北海道大学大学院農学研究院の吉澤和徳(よしざわ かずのり)准教授らがブラジルの洞窟で見つけた。生育環境によって性転換する動物は知られているが、雌雄の性の役割がこれほどはっきり逆転した生物の発見は初めてという。性の違いが生じた進化の要因などを探る手がかりとして世界的な注目を集めている。慶応大学商学部の上村佳孝(かみむら よしたか)准教授、ブラジル、スイスの研究者との共同研究で、4月17日の米科学誌カレントバイオロジーに発表した。

 体内受精をする動物は、ほぼ例外なく雄が交尾した時、雌に精子を送り込む挿入器を持つ。今回見つかった昆虫は、この常識を完全に覆した。ブラジルの洞窟に生息する体長3ミリほどの小さなチャタテムシの4種類で、雌がペニスのような挿入器を持ち、雄に挿入して交尾する。雌ペニスの根元には多くのトゲが生えており、雌はこのトゲで、交尾中の雄をしっかりつかまえる。交尾時間は2、3日と極めて長く、この間に管を通して、雌が雄から精子と栄養入りカプセルを受け取る。通常の雌雄と異なり、雌のこの挿入器は複雑で多様だが、挿入される側の雄の交尾器は単純化している。

 研究グループは,平安時代後期の宮中を舞台に姉弟が性別を入れ替えて暮らす物語を描いた「とりかへばや物語」からとって、この昆虫にトリカヘチャタテというしゃれた和名を付けた。性が逆転した進化のシナリオとしては次のように推理した。「栄養カプセルの贈与で、雄の生殖にかかるコストが上昇し、雌の方が雄よりも速いペースで再交尾が可能になった。これによって、雌雄の交尾への積極性が逆転し、交尾器の構造も逆転した。栄養をめぐる雌同士の競争も起き、挿入器の発達を促した」とみている。

 吉澤和徳さんは「生物の性差がどのように進化したかはまだ決め手がない。性の逆転は極めてまれだが、雌雄が逆転した生物の研究は進化の性選択理論の検証に重要な意味を持つ。最初、標本を見たときは、どちらが雌か雄か、混乱させられて、びっくりした。チャタテムシの分類学者は日本で私だけ、世界でも5人ぐらいだ。そうした地味な昆虫の研究から始まった発見で、基礎研究の重要さをあらためて痛感した」と話している。

 このトリカヘチャタテは、ブラジルの研究者がブラジルの乾燥した洞窟で採取した。標本を送られたスイスの研究者が2010年に新種と記載した。その際、雌の交尾器に気づき、チャタテムシの形態に詳しい吉澤さんに相談して、交尾の生態などを詳しく探る国際共同研究が進展し、驚異の雌雄逆転を発見した。

交尾状態のトリカヘチャタテ
写真. 交尾状態のトリカヘチャタテ。体長3ミリ。昆虫の一般的な交尾と異なり、雄の上に雌が乗りかかる姿勢で交尾する。
トリカヘチャタテの雌ペニス
写真2. トリカヘチャタテの雌ペニス(赤で着色)。先端の受精嚢の入り口が開き、ここで精子を受け取る。根元に多いトゲは、交尾時に雄をつかまえるために使われる。
トリカヘチャタテの雌ペニスが雄に挿入された状態
トリカヘチャタテの雌ペニスが雄に挿入された状態の概略図
写真3. トリカヘチャタテの雌ペニスが雄に挿入された状態(上)とその概略図(下)。(いずれも提供:吉澤和徳・北海道大学准教授)

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