東京大学先端科学技術研究センターの高橋宏知講師や理化学研究所生命システム研究センターのウルス・フレイ国際主幹研究員、スイスのチューリッヒ工科大学のダグラス・バックム研究員とアンドレアス・ヒールマン教授らの研究チームは、2ミリメートル四方に1万個以上の電極をもつ微小電極アレイを用いて、神経細胞から出た神経信号が軸索(じくさく)に沿って伝わる様子を可視化することに成功した。その伝わる速度は一定ではなく、部位ごとに大きく異なり、時間ごとに変化していることなどが分かったという。
人間の脳には1000億個もの神経細胞があり、それらが結びついて複雑な神経回路網が作られている。神経細胞から出る神経信号(活動電位)の観察に電極アレイが用いられるが、従来のアレイの電極配置は2ミリメートル角に100個ほどしかなかった。活動電位が伝わる軸索は、直径1マイクロメートル(1000分の1ミリメートル)以下と非常に細く、複雑に曲がりくねっているため、伝わる活動電位の可視化は技術的に困難だった。
今回の微小電極アレイはチューリッヒ工科大学が開発したもので、電極の先端の大きさは神経細胞とほぼ同じの10マイクロメートル、約18マイクロメートルの間隔で整然と並び、これら多点で神経細胞集団の活動を同時計測できる。さらに各電極から、電気刺激を加えることもできる。
研究グループは、微小電極アレイの表面で神経細胞を培養し、糸状に伸びた軸索でつながった神経回路網での神経活動を計測した。その結果、軸索内を伝わる活動電位の速さは毎秒0.2-1.5メートルと測定された。その速度は、同じ軸索内でも場所ごとに大きく異なり、神経細胞体付近の太い部分では、軸索末端の細い部分よりも平均で3.7倍程度も速いことが分かった。さらに長期間の計測により、軸索の同じ部位でも、日によって活動電位の伝わる速度が変化した。その速度は、薬剤による刺激でも変化することが分かったという。
こうした活動電位の伝わる速度のばらつきや変化は、「軸索が電気回路のような単なるケーブルではなく、“能動的な素子”として脳内の情報処理に大きな影響を及ぼしていることを強く示唆するものだ」と研究グループ。脳の新たな情報処理メカニズムの解明につながる可能性や、軸索が創薬における新たな標的になる可能性があると述べている。
研究の成果は、JST 戦略的創造研究推進事業・個人型研究(さきがけ)「脳情報の解読と制御」研究領域の研究課題「情報理論と情報縮約による適応的デコーディング」、科学研究費補助金事業・若手研究A「高密度CMOS電極による培養神経回路のネットワーク構造の解明」、日本学術振興会・外国人特別研究員事業の研究課題「培養神経回路のための刺激用光アドレス電極と計測用電極アレイの統合インターフェース」、(株)デンソーとの東京大学 社会連携講座「機械の将来技術の創出」、スイス国立科学財団(Ambizione grant)、欧州ERC グラントの研究課題「NeuroCMOS」の一環として得られた。