爬(は)虫類の脳が作られるスピードは、哺乳類や鳥類などよりもかなり遅いことが、京都府立医科大学の野村真・准教授らの研究で分かった。神経細胞の増殖に関わるある種の情報伝達系の作用の違いによるもので、脊椎動物の脳の起源や巨大化した進化の解明などにつながる研究成果だという。論文は英科学誌『ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)』(オンライン版、25日)に掲載された。
研究グループは、爬虫類の中でも例外的に1年中繁殖が可能で、多くの卵を産卵するマダガスカル産の地上性ヤモリ「ソメワケササクレヤモリ」に注目し、脳の外側にある大脳皮質という領域の形成過程を調べた。哺乳類や鳥類は体重に対して大きな脳をもっており、とくに大脳皮質が進化の過程で大きくなったとされる。
その結果、大脳皮質の形成期間における幹細胞の分裂頻度は、ヤモリが哺乳類のマウス、鳥類のニワトリに比べて低く、ゆっくり分裂することが分かった。また、神経細胞が作られるスピードも、マウスやニワトリは1日ほどで5割が完了するのに対し、ヤモリは4日間で約35%しか完了せず、非常に遅かった。大脳皮質の形成期間は、マウスとニワトリは受精(あるいは産卵)から誕生(あるいはふ化)までの約20日間のうち約10日間だが、ヤモリは産卵からふ化までの60日間のうち2週間ほどと短かった。
さらに分子レベルで調べたところ、神経細胞の分化・増殖を抑制する「ノッチシグナル」という情報伝達系の仕組みが、ヤモリでは強く働いていることが分かった。逆にノッチシグナルを阻害する遺伝子を電気パルスによってヤモリの脳に入れたところ、神経細胞の産生率を増加させることができた。これは爬虫類の脳に対して行った、世界初の遺伝子操作だという。
ヤモリやトカゲなどの爬虫類は、哺乳類や鳥類とともに「羊膜(ようまく)類」というグループに属する。これは受精卵が成長するときに、母の胎内や卵の中で羊水の入った羊膜に包まれているからで、共通の先祖生物が海中で生活していたときの“進化の名残り”ともいわれる。かつては同じ仲間だった哺乳類と鳥類、さらに哺乳類のうちでも、なぜヒトだけが脳を巨大化させたのか。今回の研究はそうした進化の問題や、脳の発生を妨げる遺伝子疾患の解明や治療法の研究などにつながることが期待されるという。
研究成果は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業・ 個人型研究(さきがけ)「細胞機能の構成的理解と制御」研究領域における研究課題「進化的・構成的アプローチによる哺乳類型大脳皮質層構造の再設計」によって得られた。