ニュース

アナゴの習性ヒントに高分子材料研究

2013.02.06

筒の中に入ったアナゴ(提供:京都大学物質-細胞統合システム拠点)
筒の中に入ったアナゴ(提供:京都大学物質-細胞統合システム拠点)
(提供:京都大学物質-細胞統合システム拠点)
(提供:京都大学物質-細胞統合システム拠点)

 細長い魚のアナゴが筒の中に入り込む習性をヒントに、高分子ナノ材料の製法や制御などを研究した楊井(やない)伸浩・九州大学大学院助教の博士論文が、エンジニアリング・プラスチック(エンプラ)や複合材材料などの分野の研究者育成と産学連携の支援を目的に創設された「クオドラントアワード2013」の第1位となった。日本人の第1位受賞は前回(11年)の梶谷忠志博士( 東京大学)に続いて2人目。

 楊井さんは、京都大学大学院博士課程に在籍していた当時、同大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS、アイセムス)研究員として、ナノ(1ナノは10億分の1)レベルでの高分子材料の研究に取り組んだ。とくに高分子ナノファイバーは、電子回路や高機能な繊維材料などの有用素材として早くから重要視されていたが、微小なファイバーを数本だけ集めるようなことはできず、ナノレベル空間での「熱転移温度」や振る舞いを調べることはできなかった。

 「熱転移温度」は高分子ナノファイバーが崩れ始める温度のことで、ファイバーを配線に用いたナノ回路が壊れずに安定を保つためにも測定は必要だ。さらにファイバーはナノサイズの孔から高分子材料を“ところてん”のように押し出して作るが、高分子の運動性が高くないと孔が詰まってしまう。この問題を解決するためにも、運動性が高くなる熱転移温度をあらかじめ知っておく必要があった。

 解決のヒントとして注目したのがアナゴだ。アナゴは狭いところに隠れるのを好み、筒があると中に入る。しかも1つの筒に何匹も同居する場合もある。「こうしたアナゴの習性を分子レベルで達成できれば、高分子鎖が数本集まった構造体ができ、熱転移温度を調べられるのではないか」と考え、当時開発されたばかりの「多孔性金属錯体」の利用を思い付いたという。

 多孔性金属錯体は、孔のサイズが数ナノメートル以下の、非常に均一な細孔をもつ多孔質材料で、ポリエチレングリコールを高分子材料として実験した結果、細孔の中に数本ずつの高分子が取り込まれ、熱転移温度の測定に成功した。細孔のサイズや表面状態を変えることで、自在に高分子を制御できることが分かった。また、高分子は「分子の鎖が長くなるほど熱転移温度が高くなる」のが当時の常識だったが、逆に「鎖が長いほど熱転移温度が低くなる」ことも発見した。楊井さんは、これらの研究成果を博士論文「Controlling Polymer Properties in Coordination Nanospaces(金属錯体ナノ空間を用いた高分子物性制御)」にまとめ、2011年に博士号を取得した。

 「クオドラントアワード」(QUADRANT AWARD)は、三菱樹脂(本社:東京都中央区)の連結子会社「クオドラントAG」(本社:スイス・ チューリッヒ)が2005 年に創設した博士論文の表彰制度で、エンジニアリング・プラスチックや高機能プラスチック、コンポジット(複合)材料などの素材や加工に関する博士論文を対象に1年おきに開催している。第5回となる今回は2010年10月1日から12年9月30日までの2年間に博士号を取得した博士論文が対象で、世界各国から46の論文(アメリカ地区20、アジア・太平洋地区9、欧州・アフリカ地区17)の応募があった。楊井さんの論文は最終選考4論文の第1位となり奨励金1万5000ユーロ(約180万円)が贈られた。他の3人にも各5000ユーロが贈られた。

ページトップへ