理化学研究所・生命システム研究センターの升島努・一細胞質量分析研究チームリーダーや広島大学などの研究チームは、1個のヒトの肝臓培養細胞で起きている薬物の分子変化を10分以内に分析することに成功した。従来法に比べて短時間、低コストで高精度な解析が可能となったことから、新しい創薬や臨床解析などの技術の確立が期待される。研究成果は英科学誌「Nanomedicine」(5月号)に掲載される。
升島リーダー(広島大学大学院医歯薬保健学研究院教授)らは、生きた細胞内の分子群をリアルタイムで検出する「一細胞質量分析」技術を2008年に開発した。この技術は、光学ビデオ顕微鏡で1個の細胞を観察しながら、細胞内の成分を「ナノスプレーチップ」という先端のとがった超微細な細管で吸い取り、イオン化有機溶媒を混ぜる。これと質量分析計との間に1キロボルト前後の高電圧をかけることで、イオン化した成分中の分子群がチップから一気に質量分析計内に噴霧され、分子それぞれの質量スペクトルが計測される仕組みだ。
今回ヒトの肝臓の「初代培養細胞」を対象に、緑内障・高眼圧症の治療薬「タフルプロスト」の薬剤代謝の分析を試みた結果、ナノスプレーチップの吸入から分子の検出までを10以内で行うことが出来た。さらに得られた分析データが細胞によって大きくばらつくことから、細胞ごとに薬物代謝が量的に異なる“ゆらぎ”のあることも発見した。
初代培養細胞は生体から採取した細胞や組織を最初に播種して培養した細胞で、継代培養した細胞よりも、生体内での細胞の性質が比較的保たれている。このためヒトの初代培養細胞は医薬品の効能や副作用のスクリーニングなどに多く利用されているが、従来法では、たくさんの細胞をすりつぶしてから分離、分析にかけるまでに多くの時間がかかっていた。
新技術では、薬物の中間代謝物の定量も可能なので、細胞からの試料抽出のタイミングを考慮することで代謝経路が追跡でき、さらに質量スペクトルの違いを比べることで時間的追跡も可能となる。さらに、病理検査では細胞1個から病態の進行度が診断でき、数個単位の細胞から多様な薬物代謝の様子を調べて、副作用の少ない最適な薬物治療法を見つけることなど、いろいろな用途が考えられるという。