増え続ける医療紛争に対応する統合的な解決システムを整備しないと、国民全体に大きな不利益をもたらすと警鐘を鳴らす報告を、日本学術会議がまとめ公表した。
日本学術会議の法学委員会医療事故紛争処理システム分科会がまとめた対外報告「医療事故をめぐる統合的紛争解決システムの整備に向けて」は、現状の問題点を洗い出したうえで、必要な対応を提言している。
報告によると、医療をめぐる民事訴訟の増加、刑事手続きの積極的な関与が、現場の医療者の萎縮的、防御的な対応を引き起こし、産科や外科といった訴訟リスクの高い診療科への医師志望者の減少や、出産を扱っていた産科病院が婦人科のみに転向する「立ち去り型」ともいえるリスク回避を生んでいる。
刑事事件として立件された例は、1997年の3件から、2005年に91件と急増。2006年に福島県立大野病院の産科医師が帝王切開中の産婦が死亡した責任を問われ逮捕、起訴されて以来、基幹病院に地域の産科医療機関から送り込まれる患者が増え、基幹病院の産科医に負担が集中して、かえって事故リスクが高まりかねない事態が生じている。
「医療側は萎縮し、防御し、逃げることができる。訴訟リスクの低い診療科へ、リスクの高い治療の回避へ、設備の整った都市部の病院へ、開業へ。しかし、患者は、ゆがんだ医療供給体制の中で、どこへも行き場のない状態から逃げ出すことはできない」。報告は、医療紛争解決に有効な対応が成されていない現状が、結局は、医療者にとってだけでなく、患者・国民全体にとっても不利益を招き、医療の安全を低下させていることを指摘している。
医療行為は、本質的に極めて高度なリスクを伴う。通常の「過失」概念を前提として、事後的に医師の結果責任を問うような形で評価することが適切か疑問。患者側が告訴に踏み切る場合、医療機関の不誠実な対応が理由となっていることが多い。患者側からみても、訴訟によって満足が得られない実態がある。以上のような現実や理由を挙げて、報告は「多元的な機関・手続きのネットワークとして構成される」統合的な医療紛争解決システムの必要を提言した。
具体的にはまず、事故発生直後の医療機関内での対応を適切にするため、医療機関内に初期段階から患者側に対し真摯にケアしサポートできる人材や手続き(院内メディエーター)を配置する。さらに、そこで解決できない場合、あるいは解決するのが適切でない場合に対応するため、第三者医療ADR(裁判外紛争解決)の整備が必要としている。
院内で紛争に初期対応する医療メディエーターについては、これまで裁判に持ち込まれることが多かった米国をはじめ英国などでも、近年、重視されるようになっている。日本でも、日本医療機能評価機構が2004年ごろから院内メディエーターの養成に着手している。またADRについても司法制度改革の一環として2007年4月から「裁判外紛争解決手続きの利用に関する法律」が施行された。現在、この法律に基づき10程度のADRが認証されている。
報告は、日本のADRが既存の法・裁判制度を補完する性格を持つ「法志向型ADR」だとし、医療事故紛争解決のためには、むしろ裁判では対応できない当事者のニーズに対応できる対話重視の自律型ADRが必要と指摘するとともに、こうした「対話自立型ADR」と「法志向型ADR」が相互に機能補完して、紛争当事者のニーズにあった対応ができるシステムを提言している。