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科学研究支える博士、日本だけ減る傾向とNISTEP 人材育成・確保は喫緊の重要課題

掲載日:2019年9月6日

日本の科学研究の水準や科学技術力が低下していることを示すデータが数多く公表されている。「科学技術立国日本」を支えてきた伝統的な日本の強みが弱体化していることは多くの指標が示している。少子高齢化が確実に進む日本。その日本で科学や科学技術の力が低下傾向にあることに対する懸念は強い。その対策が待ったなしの喫緊の重要課題であることについても国内に異論はない。

政府は「科学技術イノベーションの基盤的な力の更なる強化に向けて」と題した「平成30年版科学技術白書」で、こうした事態に危機感を表明している。この白書は、若手研究者の育成や研究開発投資の確保など、イノベーションを支える基盤力を強化することが必要と強調した。実際に国としての戦略や具体的な政策課題なども提示され、大学や公的研究機関などもさまざまな手を打っているが、残念ながら数字に表れる具体的成果はなかなか出せていないのが現状だ。

そうした中で文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が8月初めに注目すべき報告書「科学技術指標2019」をまとめた。日本だけでなく、どの国でも「研究開発人材」の基礎となる博士号取得者は重要な存在だ。報告書は研究開発費が多い7カ国のうち、日本だけが人口当たりの博士号取得者数が減る傾向にあるとの調査結果を示している。

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)がまとめた「科学技術指標2019」の表紙(NISTEP提供)
科学技術・学術政策研究所(NISTEP)がまとめた「科学技術指標2019」の表紙(NISTEP提供)

調査対象は日本、米国、英国、ドイツ、フランス、中国、韓国の7カ国。人口100万人当たりの日本の博士号取得者は2016年度で見ると118人で、総人口が多い中国の39人に次いで少ない。多いのは英国の360人、ドイツの356人。08年度とこれらの国の最近の年度の数字を比較すると日本だけが減っており、日本以外は全て増加している。中国も人数は少ないものの増加。韓国、米国、英国の順で大きく伸びている。米国と韓国は2000年度には日本とほぼ同じ数字だったが、最近の数字では日本の倍以上まで増えていた。

修士号の取得者のデータも示された。日本を見ると人口100万人当たりの人数は16年度で569人。博士号同様中国に次いで少ない。英国の3694人、米国の2486人、ドイツの2465人と比べると目立って少ない。

人口100万人当たりの博士号所得者数の国際比較(NISTEP提供)
人口100万人当たりの博士号所得者数の国際比較(NISTEP提供)

NISTEPの今回の報告書はこうした傾向の原因について明確には断定していない。しかし、多くの研究者や識者、行政担当者が一致して指摘するのは、少子化に加え博士号を生かせる職場を確保しにくくなっているということだ。研究者として認められるために必須であるはずの博士号取得を目指して大学院博士過程に進まなくなっているという実態。これは相当深刻だ。専門知識を持つ人材の雇用促進が重要課題だが、その解決策は容易ではない。博士号取得者の雇用先は言うまでもなく大学、公的研究機関のほか研究職が減っている企業だ。高度経済成長期以降、特にバブル経済の時期には多くの企業が高度な知識を持つ人材確保に奔走したが、バブル崩壊後は一転して企業の研究職採用は激減した。

日本企業の博士号取得者の雇用率は、米国など先進各国と比較すると目立って低い。日本の場合、企業研究者に占める博士号取得者割合が5%を超える産業分野は医薬品製造業など一部に限られるとされている。こうした実態に対してどうしたらいいのか。さまざまな産業分野があり、企業の経営戦略は多様で一概には言えないが「未来の科学技術を支える人材育成」という名目だけで、企業に博士号取得者の採用促進と基礎研究の充実を求めるのは簡単なことではない。国際競争にさらされる企業、特に製造業などの経営環境は厳しい。

博士が研究に専念できる仕組みを

大学の現状についてもさまざまな場でさまざまな問題・課題が提起されている。研究テーマを提案して審査をパスしなければならない「競争的資金」が増えて申請に多くの時間が取られるようになったと多くの場で指摘されている。博士号取得者が目指す研究に専念できる大学内の仕組みづくりは喫緊の課題だろう。

「科学技術指標2019」ではまた、論文を指標に日本など主要国の科学技術力を分析している。世界の多くの研究者が参考にする論文数の世界順位が低下傾向にあることもこれまで再三指摘されているが、「科学技術指標2019」は最新のデータをまとめている。

日本の理系の論文数は1990年代後半は米国に次いで世界2位だったが、2010年代後半では4位に後退。最新データとなる15~17年の年平均論文数は約6万3700本で、米国、中国、ドイツについて4位。中国は1995~97年の年平均は1万4600本だったが最新データでは約27万2700本にまで伸びている。韓国は1990年代後半は10位にも入っていなかったが、最新データでは約4万7700本。日本の本数が近年ほぼ横ばいであることを考えると、近い将来論文数で韓国に抜かれる可能性も否定できない。

こうした絶対数の多さは注目される論文の数にも反映している。論文の被引用数で上位の10%となる「TOP10%補正論文」、同様1%となる「TOP1%補正論文」について見る(分数カウント方式)と、日本は1995~97年の年平均でいずれも4位だったが、最新データでは9位に落ちている。TOP10%の日本の本数は約3900本だが、中国は約2万8400本だ。

日本ほか各国の論文数実態と論文数の順位(NISTEP提供)
日本ほか各国の論文数実態と論文数の順位(NISTEP提供)

国際共著論文の減少は世界の中での存在感低下を示す

日本は世界に注目される論文の数が減っただけでない。国際共著論文が減少しているのも気になる。このことは日本の科学技術力の低下をテーマに開かれるシンポジウムでよく指摘される。重要な論文は国際共著で書かれる時代になっている。日本は研究者の国際間の流動性は低いが、国際共著論文の数の低下は日本の研究の存在感が世界の中で低下していることを如実に物語っている。

もちろん国の科学水準や科学技術力を論文だけで断定はできない。さまざまな指標を総合的に見る必要があるが、「日本の論文力」の低下は将来、科学技術力の低下を具体的な形で顕在化しないかという懸念が、最近国内で一層強まっている。

NISTEPの膨大な報告書の中で研究開発費に関するデータも注目点だ。公的研究機関部門の研究開発費を見ると、中国は1990年代中ごろから急速に増加し、2013年には米国を抜いて2017年では7.7兆円と世界のトップになった。米国は11年をピークに減少して17年は5.3兆円。対する日本は17年で1.4兆円。2000年代に入ってからはほぼ横ばいに推移していたが13年をピークに減少に転じた。2017年は微増したものの1.4兆円。増え続けている韓国の同年1.0兆円に迫られている。

中国の勢いは誰も否定できない。だが、中国の科学学術政策に詳しい関係者によると、中国の若い研究者の関心の的はコンピューター工学や人工知能(AI)などで、国の政策としても実用主義が徹底している。こうした傾向は、長期的には基礎研究の妨げになる可能性があるという。科学技術力で世界に存在感を示す中国も長期的にはさまざまな課題がありそうだ。

主要国における企業部門の研究者数の推移(NISTEP提供)
主要国における企業部門の研究者数の推移(NISTEP提供)

理系研究者を育成する場である国立大学は大学院重点化により大学院生が増えた。しかし博士号取得者は安定した職に就きにくい状況ができてしまい、博士号取得者そのものが減る状況と日本の論文力が低下している実態が今回の報告書ではっきりと示された。

大学の基礎研究力の低下要因として繰り返し指摘されるのが「運営費交付金」が減っている実態。だが、国が国立大学に投じる安定的な運営費交付金を増やせば状況は必ず改善できるかと言えば、事態はそれほど単純ではないだろう。大学内の研究者の高齢化や硬直した人事制度、時代にそぐわない旧態依然の大学内部局、同じ国立大学でも東大、京大など旧帝国大学系と地方大学の間にあるさまざまな格差。このほかにも大学自体のマネジメント能力の問題や、欧米では一般化しているテニュアトラック制の導入遅れ、研究者自身の流動性の不足などなど。これらはほんの一例だが、大学をめぐるさまざまなシステムに関して改善できる課題はたくさんある。

科学や科学技術力の低下は未来の社会にボディーブローのように効いてくる。中国や韓国など東アジアの国の台頭をにらんだ場合、予算の増額はもちろん望ましいが、一方でさまざまな組織内の制度改革など、予算増を待たずに可能な施策もどんどん進めるべきだろう。

「人材育成はこの国をどういう国にしたいかが基本」

サイエンスポータルは昨年の初夏、著名な数学者であり、九州大学の理事・副学長として多様な業務の中でも若手究者の活躍促進に奔走する若山正人氏に長時間インタビューした。その中で語られた人材育成に関する部分は貴重な示唆に富んでいた。最後にあらためて紹介する。

若山正人氏
若山正人氏

「どういう人材育成の仕組みが良いかについては結局、日本をどういう国にしていきたいかという国の考え方による。例えば、博士を米国並みに多く育てたいのか、その博士を十分に生かすことができる社会環境にしたいのか。日本が高度経済成長していた頃は、高い経済力という意味でも新しい科学をけん引するという意味でも、米国が世界のトップであることは明確だった。日本は、勤勉さと職人芸的なところを大いに生かすことで、それに追い付きそうなところまで詰め寄った。しかし大きく引っ張る側にはなれなかった。日本は、経済規模や科学技術のトップ先進国として走るのではなく、きらりと輝くものがいくつかあって独自性も展開して発展する北欧諸国のように生きていく道もあると思う。一方、やはり世界を力強くけん引する先進国としてどんどんやっていく(道を選ぶ)というのならば、もっと大学や研究機関にファンディングをすること、また企業の研究意欲を高めること、さらにダイバーシティは不可欠だ。『R&D』を充実させようという企業に優遇策を与えるなど、背中を押す制度も必要だ」

「日本の目標の立て方は短期的で中期目標さえ立てにくい。これでは、地球・世界を射程において考えている中華思想を持つ中国にかなわない。国の位置付けがある意味明確だ。軍事研究を奨励することには賛成しかねるが、皮肉なことに米国防高等研究計画局(DARPA)などの活動にはものすごく長期的なものがある。50年くらい先を考えた上でのファンディングもしている。日本にはそういう長いスパンの目標はない。今生きている私たちには価値判断すら定まらない長期的な視野とそれにファンディングする実行力も必要だ」

(サイエンスポータル編集長、共同通信社客員論説委員 内城喜貴)

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