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黒潮の蛇行が発生する仕組みが分かってきた

2017.10.16

保坂直紀 / サイエンスポータル編集部

図1 10月15日の海流図。赤や黄が示す流れの速い部分が黒潮で、紀伊半島、東海地方の付近で大きく南に蛇行している。(気象庁のホームページより)
図1 10月15日の海流図。赤や黄が示す流れの速い部分が黒潮で、紀伊半島、東海地方の付近で大きく南に蛇行している。(気象庁のホームページより)

 気象庁は9月末、日本の南岸を流れる黒潮が12年ぶりに「大蛇行」の状態になったと発表した。九州、四国の沿岸を流れてきた黒潮が、紀伊半島のところで沖合に大きく離れてしまったのだ。黒潮の流れる道筋が変わると、水温が変わって漁業に影響が出たり、水位が急変して沿岸に浸水などの被害が出たりするので、どのようなときに大蛇行が起きるのか、そのなぞの解明に多くの海洋研究者が取り組んできた。最近の研究で、大蛇行が発生する代表的なパターンが明らかになり、いまでは2か月くらい先の状態を予測できるようになった。より的確な予測を求めて、新たな手法の研究も進められている。

黒潮がはるか沖に出ていく「大蛇行」

 黒潮は、九州の南から四国の沖合まで北上し、最後は房総沖から東に流れて列島から遠ざかる。問題は、四国から房総までの間の道筋だ。ほぼ列島に沿って流れる直進型と、紀伊半島沖でいったん大きく沖に出て、房総半島の近くに戻ってくる蛇行型がある。気象庁や海上保安庁は、独自にもっと細かく分類しているが、基本はこの二つの型だ。蛇行型のうちでも、紀伊半島沖ですでに岸から離れていて、しかも沖へ出ていく幅が大きい場合を、気象庁は「大蛇行」と呼んでいる。

 太平洋や大西洋などの大きな海では、地球が球形で自転しているために、西の端に強い海流ができる。北太平洋の場合が「黒潮」で、北大西洋の場合が「湾流」だ。だが、安定して長続きする大蛇行が発生するのは黒潮だけだ。黒潮は、とても奇妙な海流なのだ。

 黒潮の大蛇行は、とくに珍しいわけではない。最近では1975年、1981年、1986年、1989年、2004年に発生し、1〜5年ほど持続していた。つまり、黒潮は、直進型と大蛇行がいずれも安定で、予測のポイントは、何が引き金になって大蛇行に移るのかという点だ。

黒潮の道筋を予測する

 海洋研究開発機構アプリケーションラボは、日本近海の海流を予測して解説する「黒潮親潮ウォッチ」を、2015年からホームページに掲載している。美山透(みやま とおる)主任研究員は「改良を重ね、黒潮の予測精度もすこしずつ上がってきた」と説明する。

 美山さんによると、黒潮大蛇行のポイントは「流れ」と「渦」だ。海の中には大小さまざまなたくさんの渦があり、黒潮を作るくらいの大きなサイズの渦の場合、時計回りの渦の中心は水温が高く、反時計回りの渦は中心の水温が低い。これらの渦は西に進もうとする性質があるので、そこに西から東に運ぼうとする流れがあり、両者がうまくバランスすると、渦は安定してその場にとどまる。そして、渦のまわりには、蛇行した流れができる。この流れが大蛇行だ。

図2 中心の水温が高い「暖水渦」と水温が低い「冷水渦」が並ぶと、その境目を黒潮が蛇行して流れることになる。(美山さん提供)
図2 中心の水温が高い「暖水渦」と水温が低い「冷水渦」が並ぶと、その境目を黒潮が蛇行して流れることになる。(美山さん提供)

 日本列島の南には、海を東西に分ける巨大な壁がある。伊豆海嶺だ。南北に連なる大山脈として海底からそびえ立ち、いくつかの頂上が、八丈島や三宅島として海上に頭を出している。黒潮の大蛇行では、その蛇行部分の全体が伊豆海嶺の西側にちょうど収まり、八丈島の北にあるやや深い流れやすい部分を通って、東に抜けていく。海の地形にすっぽりはまったような状態になるのだ。美山さんによると、これが、黒潮の大蛇行が安定して長続きする原因のひとつだという。

九州沖の「小蛇行」が大蛇行に育つ

図3 小蛇行の発達に影響するさまざまな要因。赤線が黒潮の流れ。九州の南東沖にある湾曲が小蛇行。(美山さん提供)
図3 小蛇行の発達に影響するさまざまな要因。赤線が黒潮の流れ。九州の南東沖にある湾曲が小蛇行。(美山さん提供)

 最近の研究で、九州のあたりで発生する小さな蛇行が大蛇行の引き金になることが分かってきた。気象庁気象研究所の碓氷典久(うすい のりひさ)主任研究官らの研究によると、この小蛇行の沖側に時計回りの温かい水の渦ができ、それが蛇行の北側にある反時計回りの冷たい渦とうまい具合に協力しあうと、大蛇行に成長するようだ。

 また、鹿児島大学の中村啓彦(なかむら ひろひこ)教授らの研究によると、大蛇行のきっかけになる小蛇行は、東シナ海に北からの季節風が強く吹く冬から春にかけて多発する。近年の大蛇行の発生は、8月、11月、12月、12月、7月、そして今回の8月だ。初冬と夏に多く発生している。今回の大蛇行も、春先に発生していた九州沖の小蛇行から成長した。だが、大蛇行が発生しやすい季節が実際にあるのか、小蛇行を大蛇行に成長させる渦と季節に関係があるのかといった点は、まだ分かっていない。

黒潮予測を阻む「バタフライ効果」

 黒潮の道筋は、たとえば人工衛星から測る海面水温のデータがさらに充実すれば、予測精度を高めることができるという。しかし、半年も1年も先の道筋を予測することは、きわめて難しい。美山さんは「毎日の天気を何週間も先まで予測することはできない。それと同じように、黒潮も、何か月も先までというわけにはいかない」という。

 大気や海の流れには「バタフライ効果」という言葉で象徴される性質がある。チョウのはばたきでできた小さな空気の乱れが、やがて成長して嵐になるかもしれないという意味だ。つまり、ちょっとしたズレが、やがて大きな違いとして出現する可能性がある。黒潮も、そういう性質を持っている。コンピューター計算は、どうしても小さな誤差が発生する宿命にあるので、あまり先の予測だと、計算結果の意味が薄れてしまう。

「アンサンブル予報」を使った新たな黒潮予測へ

図4 「黒潮親潮ウォッチ」に掲載されている12月7日の海流予測図。依然として大蛇行が続いている。図中の赤丸は八丈島。黒潮が八丈島の北を通っていると、大蛇行は安定する傾向にある。(海洋研究開発機構提供)
図4 「黒潮親潮ウォッチ」に掲載されている12月7日の海流予測図。依然として大蛇行が続いている。図中の赤丸は八丈島。黒潮が八丈島の北を通っていると、大蛇行は安定する傾向にある。(海洋研究開発機構提供)

 そこで美山さんらは、「アンサンブル予報」という手法を導入するための研究を進めている。この手法では、わざと小さな誤差を混ぜておいた計算を、何通りか行う。黒潮の流れがどれも似たような道筋になれば、それは、小さな誤差の影響があまり大きくならない信頼できる結果とみなすことができる。予測結果がどれくらい信頼できるかを評価できる仕組みだ。

 アンサンブル予報は、台風の進路予報にも使われている。ある時刻に台風が位置する確率の高い範囲を示す「予報円」の大小は、さきほどの「小さな誤差」の影響がどれほど大きいかを評価して判断したものだ。

 地球温暖化が進むと、黒潮の流域では西から東に向かう流れが強くなり、「暖水渦」「冷水渦」は東に押し流されてしまうという指摘がある。つまり、大蛇行は発生しにくくなる。現在は、大蛇行が発生しうるギリギリのところだともいわれている。ともあれ、「黒潮親潮ウォッチ」によると、このさき少なくとも2か月は大蛇行が続きそうだ。これからの研究で、こうした予測の精度がどのように高まっていくのかに注目したい。

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