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進むも引くも人材の問題が

掲載日:2011年9月15日

福島原子力発電所事故をめぐる議論の中で表面化していないが、関係者の間で深刻な問題としてささやかれていることがある。全ての廃炉が終結するまでに数十年、放射性廃棄物の処分を軌道に乗せるには何年かかるかも不明という中で、今後長期にわたってこれらの仕事を担う人材をどうするのか、という問題だ。

「原子力安全庁の新設などを政治主導で決めたところで、いったい誰が実質的な任務に当たるのか」…。こうした懸念を漏らす人々は、編集者が直接聞いただけでもノーベル賞受賞学者から、原子力安全行政の責任者だったこともある官僚OB、さらに現役の科学記者まで結構多い。

大学の中で原子力という名前をかぶせた学科がほかの名前に変わり始めてからだいぶたつ。原子力という名では、もはや学生を引き付けられなくなっている、ということだろう。学問としての魅力自体が、既に危うくなりつつあるのかもしれない。仮に国内に新規の原発建設がなくなり、高速増殖原型炉「もんじゅ」、再処理工場など核燃料サイクル関係のプロジェクト、事業も中止となると、国内で残るのは廃炉、使用済み燃料の保管、放射性廃棄物の処理・処分といった難しいけれどいわば敗戦処理投手のような仕事ばかり。海外での新規原発建設、運転管理受注といった“前向き”の話も実現の可能性があいまいとなれば、原子力をやろうという若い人材を集めるのは、ますます困難になるに違いない。

今回の事故は、1979年の米スリーマイルアイランド原子力発電所事故と共通するところが多いといわれる。たまたまだろうが、事故対応で積極的な姿勢を示したカーター米大統領、菅首相とも理系の学士だ。事故直後に事故原発現場に乗り込んだのも同じで、背景には二人とも原子力発電所の仕組みについては普通の政治家よりよく知っているという自負があった可能性がある。特にカーター大統領は、海軍で潜水艦勤務の経歴があり、なおかつ原子力潜水艦開発プログラムを担当した経験を持つ。加圧水型原子炉についてはよく知っている、と自認していたとしても不思議ではない。

実際に周辺への影響を最小限に抑えてスリーマイルアイランド原発事故を収束した功労者は、ハロルド・デントン米原子力規制委員会(NRC)原子炉規制部長(当時)だといわれている。経歴を見るとノースカロライナ州立大学の原子力工学科を卒業し、デュポン社に数年勤務した後、1998年に退職するまで30年以上、NRCに在職していた。退職時まで原子炉規制部長の職にあったから部長を少なくとも約20年は務めたことになる。原子力船開発の混乱以来、原子力安全規制の仕組みが何度も変わり、それぞれの責任者もころころ変わる日本との違いは明白だ。

米国ではスリーマイルアイランド原発事故以来、新規に建設された原子力発電所は1基もない。にもかかわらず今でも世界最大の原発保有国で、その後、大きな事故も起こさず、NRCの原子力規制業務にも何ら支障を来していないように見えるのはなぜか。新規原発はなくても、核兵器を保有し続ける国として、原子力分野の人材が不足するという事態が起きていないのが理由の一つではないだろうか。

日本物理学会長も務めたことがある坂東昌子・愛知大学名誉教授が2年前、当サイトに「湯浅年子さんをめぐって-女性としての人生」という記事を寄せられた。その中に次のような記述がある。

「ナチ占領下のフランスでは、『科学の成果を決して武器に使用させない』というジョリオ・キュリーの強い意志に貫かれた抵抗が、フランスの研究所を守り続けた。その伝統が、戦後、原子力の平和利用へとかじを切った。原子力研究所長官として、基礎物理学を重視し、平和利用に徹した政策のリーダーシップをとったのである。これが、フランスが原子力研究で高いレベルを達成するという初期条件をつくった。もっとも、残念ながらフランス政府はその後、原爆開発へと方針転換し、ジョリオ長官を解任したのだが」

フランスは当初、核兵器を持たずに原子力の平和利用を推進する道をとった。しかし、核兵器保有に転じた結果、日本だけが非核兵器保有国でありながら世界最高水準の原子力平和利用を推進する国になった、ということである。そうであるならなおのこと、平和利用を使命と自覚する原子力科学者、技術者が存在し、後進を育成し続けなければならないのは自明の理ではないか。

今回の福島第一原発事故で露呈されたことの一つは、人材の面から既に日本の原子力利用の土台は危うくなっていたという現実ではないだろうか。そしてそれが「原子力ムラ」などという奇妙な形容詞をつけられてしまうコミュニティができてしまったことにも関係があるようにみえるが、どうだろう。

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