レビュー

日本人は本来、数学、天文学が好き?

2006.08.25

 日経新聞23日夕刊一面のコラム「波音」に、「日本の競争力」という記事が載っている。「子供をのんびりした日本の学校に通わせると、韓国に戻ってから競争に負けてしまう」。日本に駐在する韓国人のこんな悩みが、韓国の雑誌に載った、という。「昔はそうではなかった」とも書かれている、そうだ。

 「数学だけは日本人の子供の方ができる」。米国に赴任し、子供を現地の小学校に通わせたことのある日本人の間で、かつてよく聞かれた言葉だ。しかし、確かにある時期から「韓国人の子供の方がよくできる」という話も伝わってきた。

 さて、この1週間ほど、各紙をにぎわしたのが、数学と天文学のニュースである。各紙の23日朝刊紙面には、国際的な数学の賞「ガウス賞」に、90歳になる伊藤清・京都大名誉教授が選ばれた、という記事が大きく載った。同時に、より歴史のある「フィールズ賞」も発表されたが、こちらは「名誉や地位に背を向け続けてきた」(朝日)といわれるロシア人数学者、ペレルマン氏が、受賞を辞退している。

 翌日、24日の全国紙、東京紙に珍しい現象が見られた。各紙の看板ともいえる一面のコラムが、すべて、この数学に絡むニュースか、惑星の定義見直しのニュースに触れていたのである。

 伊藤名誉教授の受賞対象となった理論は、60年以上も前に「謄写(ガリ)版刷りの雑誌に発表された」(産経、日経、毎日)。ペレルマン氏の受賞拒否については、「その業績を理解するのは難しいが、氏の性分の方は、いくらか理解できる気もする」(朝日)、「数学の難問並みに解きがたく、興味の尽きないものは、天才と呼ばれる人の頭の中であるのかも知れない」(読売)などなど。

 いずれも、筆者の数学(者)に寄せる敬意あるいは好意が、なんとなく感じられる記事になっている。他方、東京新聞のコラムは、「どうやら宇宙のヤブをつついて元も子もなくすことになりそう」と、米国の"宇宙ナショナリズム"に冷ややかな筆致だ。「米国の思い入れ」通りには進まず、結局、冥王星が惑星の座から降格されるという結果(その時点では未確定)を、心良しとしているような。

 数学、天文学といった、より自然科学らしい学問分野に対し、各紙コラム筆者の世代が持つプラスイメージを、あらためて感じさせられる新聞の扱いだった。(各紙の引用は東京版から)

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