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限られた観測から金星大気のすべてを知る方法

掲載日:2017年9月4日

気温にしても風の強さにしても、地球上のあらゆる場所の気象データを知ることはできない。観測地点が限られているからだ。しかし、コンピューターで明日の天気を予測するには、それでは困る。コンピューターによるシミュレーションでは、地球全体を細かいマス目に分け、そのすべてのマス目について、計算の始まりになる気温や風などのデータが必要だからだ。

では、限られた地点でしか得られていない観測データを、どうやってすべてのマス目に割り振るのか。それに応えるのが「データ同化」とよばれる手法だ。

たとえば、観測地点Aの気温が10度、観測地点Bの気温が20度だったとき、ちょうどその中間にある地点Cの気温は何度になるか。これを、真ん中なのだから15度だと考えるのは早計だ。実際には、地点Aに近い12度かもしれないし、あるいは、両地点より高い25度かもしれない。

地点Cの気温を推定するには、その付近の気温だけを見てもだめだ。そこを吹く風、広範囲にわたる気温など、大気の動きや状態を幅広く考慮する必要がある。そのうえで、地点Aや地点Bの情報をもとに、天気予報のような複雑な計算で割り出していく。

このようにして、限られた観測データをもとに、地球上のあらゆる場所の気温その他を推定していく作業がデータ同化だ。これにより、実測データとつじつまの合う「擬似的な観測データ」が、地球全体について得られることになる。現在は、さらに高度なデータ同化の手法も開発されている。このデータ同化がきちんとできて、初めて天気予報の計算を始めることができる。

地球なら、まだよい。金星だったらどうなるか。もちろん金星の地上に常設の観測所があるわけではなく、探査衛星が上空から撮影した写真などが、数少ない貴重な観測データだ。

データ同化には、天気予報に使う最初のデータを整備することのほかに、もうひとつ、とても重要な意義がある。地球にしても金星にしても、さきほどの「擬似的な観測データ」が精度よく求められていれば、それを、あらゆる地点で密に測定した「本物の観測データ」とみなして研究を進めることができる。観測していない場所や時刻についても、観測データが得られたのと同じことになるわけだ。

こうして実測データをデータ同化し、一定の時間間隔で繰り返し金星大気のシミュレーションに組み込めば、実測データにもとづいた大気の流れを、金星全体について高精度に把握できる。本物の金星大気に限りなく近いシミュレーション結果が得られるのだ。大気の中で発生している波動など、現実のまばらな観測では引っかからない大気内部の新たな現象を発見することにもつながる。つまり、データ同化は、限られた観測データを徹底的に有効活用するための手法でもある。

慶應義塾大学(けいおうぎじゅくだいがく)の杉本憲彦(すぎもと のりひこ)准教授らの研究グループは、金星大気の流れについて、このデータ同化の手法を開発することに世界で初めて成功し、このほど発表した。

金星の大気には、太陽で暖められることで発生する大規模な波動がある。杉本さんらは、金星探査機「ヴィーナス・エクスプレス」が2008年に撮影した上空の雲の動きから高度70キロメートルでの風の流れを計算し、この実測データをデータ同化の手法でシミュレーションに組み入れて、大規模波動がきちんと再現されるかどうかを検証した。

その結果、波動の原動力となる太陽光の時間的な変化を省いたにもかかわらず、この波動が再現されていた。これは、ヴィーナス・エクスプレスの実測データが適切にデータ同化されて、金星大気のシミュレーションにうまく埋め込まれたことを意味する。「上空の風」という探査機の限られた実測データから、金星大気全体の風の流れや気温などが再現されたのだ。

金星の大気は不思議だ。秒速100メートルにもなる「スーパーローテーション」という猛烈な風が、金星全体を東西にぐるりと一周している。地球の上空にも高速で周回するジェット気流が吹いている。こちらも秒速100メートルくらいになることはあるが、スーパーローテーションには、地球のジェット気流にない特徴がある。

地球には、南半球と北半球に別々のジェット気流があるが、スーパーローテーションは赤道付近を含めて南北の広い緯度帯で吹く。また、地上付近でも風速が地球ほどには落ちない。スーパーローテーションは、太陽の熱や自転で動く地面がエネルギー源となって吹いてる点では地球と同じはずなのだが、どのような仕組みで起きているのか、まだ分かっていない。現代の惑星大気科学に残された大きな謎だ。

いま、金星の周りを宇宙航空研究開発機構の探査機「あかつき」が回っている。2010年に金星を回る軌道に入り損ね、どうなることかと気をもませたが、2015年の再挑戦で成功した。金星の雲の動きなどの実測データが、これからどんどん増えてくる。その期待のデータを、杉本さんらのコンピューター・シミュレーションが待ち受けることになる。

図 金星大気のシミュレーション(右)に「あかつき」(左)の実測データを「データ同化」で組み合わせれば、本物の金星大気に限りなく近いシミュレーション結果(再解析プロダクト)が得られることになる。(杉本さんら研究グループ提供、あかつき©ISAS/JAXA)
図 金星大気のシミュレーション(右)に「あかつき」(左)の実測データを「データ同化」で組み合わせれば、本物の金星大気に限りなく近いシミュレーション結果(再解析プロダクト)が得られることになる。(杉本さんら研究グループ提供、あかつき©ISAS/JAXA)
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