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窒素固定の起源は35億年前の深海か

2014.05.16

 初期生命の進化に新しい手がかりが見つかった。生命を支えるには、窒素を取り込んで利用できることが欠かせない。その窒素固定ができる超好熱性のメタン生成古細菌(メタン菌)が35億年前の深海熱水環境にいた可能性が高いことを、海洋研究開発機構の西澤学研究員と東京農工大、東京工業大学の研究グループが明らかにした。地球初期の深海熱水環境で誕生した化学合成生態系がその後の多様な生命進化の起源になったとする説を支持する発見として注目される。5月16日付の国際地球化学会誌Geochimica Cosmochimica Actaオンライン版に発表した。

 窒素はタンパク質やDNAなどの生体分子の材料になる重要な元素だが、空気の約8割を占める窒素を取り込んで、アンモニアに変換する窒素固定は難しい。自然界では、光合成をするシアノバクテリアやメタン菌などが窒素固定をして地球上の生命を支えてきた。地球初期の窒素固定は光合成とともに、生命進化の原動力になったと考えられているが、その進化の過程がこれまで実証されていなかった。

 海洋研究開発機構の有人潜水調査船「しんかい6500」と支援母船「よこすか」は2006年、熱水が深海から噴き出す中央インド洋海嶺「かいれい熱水フィールド」で、窒素固定能を持つ超好熱性(70℃以上で生存、増殖可能)メタン菌と好熱性(70〜40℃で増殖可能)メタン菌を採取した。この海底は地球初期の深海熱水環境の特徴を残している。

 研究グループはこの2種類のメタン菌を培養して実験した。いずれも窒素固定をしており、その反応速度は熱水化学組成によらず一定で、シアノバクテリアに比べて10倍も速いことを確かめた。特に、超好熱性メタン菌は、鉄やモリブデンの幅広い濃度条件で窒素を固定できた。地球初期の海水はモリブデンに乏しく鉄が多かったと考えられており、超好熱性メタン菌は初期の深海熱水環境でも活発に窒素固定していた様子がうかがえた。

 さらに、地球初期の古い地層に残された「暗号」を解読するため、窒素固定の同位体分別値を測定した。窒素には質量数14と15の同位体が存在する。窒素分子からアンモニアを固定する際に、窒素同位体存在比が変化する度合いを同位体分別値と呼ぶ。培養実験で得たメタン菌の窒素固定の同位体分別値と、35億年前の深海熱水活動で形成された石英脈(西オーストラリアのノースポール地域の地層)の窒素分子の同位体組成の関係を調べたところ、35億年前の深海熱水環境に生息したメタン菌が窒素固定して増殖していた可能性が高いことがわかった。

 今回の研究結果を基に初期生命の進化をたどると、地球が約45億年前に形成され、少なくとも38億年前に原始生命が海で誕生したあと、35億年前には深海熱水域でメタン菌が窒素固定能を獲得し、34億年前以降に光合成をする細菌が海洋表層に出現して、海に生命が満ちあふれていったという大きなシナリオが描ける。生命を支える窒素固定遺伝子は地球初期の深海熱水環境で生まれ、生命の共通祖先かメタン菌から光合成細菌の祖先に伝わったことが裏付けられた。

 西澤研究員は「インド洋の深海熱水環境で採取したメタン菌の培養実験から、地質の記録を解読する鍵を手に入れて、35億年前の地層に残された暗号を読み取った。少なくとも35億年前の深海熱水環境に生息した化学合成菌は窒素固定ができたのだろう。窒素固定は光合成に先んじて出現し、光合成細菌に窒素固定の遺伝子が伝わった。今後は、初期の海洋表層で起きた生命進化のプロセスを明らかにしたい」と話している。

この研究で使った超好熱性メタン菌の顕微鏡写真と生命進化の系統樹
図1. この研究で使った超好熱性メタン菌の顕微鏡写真と生命進化の系統樹
メタン菌が採取された中央インド洋海嶺「かいれい熱水フィールド」の地図(B)と、チムニーから噴出される黒色の高温熱水(A)、超好熱性メタン菌(C)
図2. メタン菌が採取された中央インド洋海嶺「かいれい熱水フィールド」の地図(B)と、チムニーから噴出される黒色の高温熱水(A)、超好熱性メタン菌(C)
深海熱水環境に生息した超好熱性メタン菌の窒素固定を示す35億年前の地層の窒素同位体組成
図3. 深海熱水環境に生息した超好熱性メタン菌の窒素固定を示す35億年前の地層の窒素同位体組成
(いずれも提供:海洋研究開発機構)

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