特集「STEAM教育のきざし」の第2弾では、民間企業の取り組みを紹介する。事業内容が異なる2つの会社が提携して進めているのは、プログラミングとドローン操作を組み合わせ、課題解決に役立つ思考力の養成を目指す教育だ。昨年11月、科学技術振興機構(JST)が主催する「サイエンスアゴラ2023」でも小学生をメインターゲットにしたブースを出し、多数の子どもがドローンを動かすためのプログラミングにチャレンジした。
子どもたちがタブレットで操縦
「飛んだ!」
東京都江東区青海(あおみ)のテレコムセンタービルに歓声が響く。大人も子どもも関係なく、視線が小さなドローンに集中する。この日開催されているのは、科学と社会をつなぐイベント「サイエンスアゴラ2023」。多種多様な体験ブースのひとつが、研究知のシェアリングサービスに携わるA-Co-Labo(エコラボ、東京都港区)とIT企業のORSO(オルソ、東京都千代田区)による「小型ドローンでミッションチャレンジ!」だ。
ここでできる体験は、単にドローンを操縦して飛ばすだけではない。プログラミングもセットになっていて、参加する子どもたちはタブレットを用いて100グラムにも満たない小型トイドローンの動きを入力し、実際に飛ばしてみる。使用するのはORSOの「DRONE STAR PARTY」で、ドローンを動かすアプリも同社が開発したものだ。
ノウハウは手取り足取り教えない
参加者にレクチャーするのはA-Co-Laboで代表取締役CEO(最高経営責任者)を務める原田久美子さん。「自分で考えて作ったものが動く楽しさを感じてもらいたいですね」とのことだが、ノウハウを手取り足取り教えるわけではない。
例えば、目標地点は2カ所用意されているが、スタート地点からの距離は伝えない。そのため、子どもたちはどちらかの目標地点を選び、自分でおおよその距離を推測し、ドローンの動きを打ち込む。「○センチ前進」、「○センチ上昇」など、タブレットを操作しながら、子どもたちが自分で考えてプログラミングしていく。
ドローンを飛ばす段階になると、今度はORSO DRONE STAR事業部副部長の荊木祥世(いばらきさちよ)さんらORSOスタッフがサポートにあたる。プログラミングの内容をチェックしたうえで、スタート地点にドローンをセット。タブレットで指示を出せばドローンは浮かび上がり、各人が指定した動きで目標地点を目指す。
プログラミングが的確にできていても風や電波などいろいろな要因でドローンが思うように動かないこともあるが、それも含めて体験してほしいというのがこのブースのコンセプトだ。「動かなかった場合になぜ動かなかったのかを考えることで、思考力を養うきっかけになるでしょう」(原田さん)
科学に興味をもつ子どもを増やしたい
出産するまで企業の研究職として働いていた原田さんは、キャリアをストップさせて育児に取り組む中で、科学に興味をもつ子どもを増やしたいと思い、教育に関心を持ったそうだ。そして、これからの教育で必要なのは自分で考えて道を切り開く力をつけることだと考え、2017年に慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の研究員となり、体験と思考をセットにできるメニューをいろいろと考案し、現場で実行してみた。その中で特に反響が良かったのがドローンだった。
「浮く瞬間とか、前に動く瞬間とか、子どもたちだけでなく大人も盛り上がるんです。未来を考えるツールにもなります。だから、プログラミングでドローンを動かすことで新しい『学び』を創造できないかと思いました」
この取り組みは学校側の需要にもマッチしていた。2020年度からプログラミングが必修化されることは決まっていたが、どの教科に入れてどう指導していくかは各校の裁量に任されていた。「そのため、どんな先生でもできて、教科横断型でできるツールが求められていたんです。私が作ったカリキュラムは体験した後に未来を考えるようになっていたので、さまざまな教科に入れやすくなっていました。体育とか防災教育と結びつけた取り組みもやったことがあります」と原田さんは説明する。
サイエンスアゴラのブースでも、ドローンを使って実現してほしい未来についてのアイデアを募集した。体験に参加した子どもたちや保護者だけでなく、それ以外の人も自由に書けるようになっていた。
この日は「かんじをかく」「タクシードローン」「こうじげんばでおとしたものをひろう」などのアイデアが出され、「私たち大人よりも子どもたちの方が、物事を柔軟に考えることができます。未知のツールだからこそ、固定観念を崩すようなアイデアが出てくるのではないかと期待しています」と原田さんは笑顔で話す。
教育の現場で製品を役立てたい
原田さんが慶應義塾大学時代に参加していたコンソーシアムにはORSOも参加していた。既に同社はトイドローンを開発しており、プログラミングの必修化が決まったことを受けて、小中学生をターゲットにしたアプリも追加。「学校や教育関連の施設でも使ってほしいと、原田さんたちとも協力して、先生のための講座を開いたりしました」と荊木さんは説明する。
「DRONE STAR PARTY」専用アプリのプログラミングモードでは、新たな機能として、飛んでいる機体を撮影し、画面で確認できるようにした。「間違えたところがわかるので、そこを修正してまた飛ばして撮影、というのを繰り返せば、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)のPDCAサイクルを自然に身につけられます。こうしたメリットを教育でも生かしてもらえたらと思っています」と荊木さんは期待している。
今回の取り組みについては「地方ではドローンを畑の種まきや農薬の散布に使うなど、子どもたちの目に触れることも多いのですが、都市部ではほとんどありません。だから、身近に感じてもらう機会になればと思いました」とのことだ。
次世代へ学びを繋ぐ
小学生の子を持つ母でもある原田さんは「小学生のうちにたくさんの人と出会って、いろいろな考え方があることを知ってほしいですね。企業が教育に関われば社会に出て必要になることを公教育とは違った軸で提供できますから」と語る。活動は、研究者のキャリア問題の解決を目指し研究知のシェアリングサービスに取り組むA-Co-Laboの事業内容とも無関係ではない。
「今の子どもたちにとって、研究者は夢のある職業なのか、疑問に思っています。『きっかけ作り』を通じて研究に興味を持つ子を増やして、業界を活性化したいんです。ゆくゆくはA-Co-Laboのサービスを使って活躍してくれるといいなと思っています。次世代へ学びを繋(つな)いでいくことで知識を循環し、新しい産学共創の形を産み出したいですね」というのが原田さんのビジョンだ。
一方、荊木さんはビジネスの視点から「教育活動単体で収益を出すのは難しいかもしれませんが、こうした活動で接点をつくることで需要や現場の課題が把握できますし、触れ合いを通じて自分たちには思いつかないようなアイデアが出ることも考えられます」とメリットを述べ、「今後は使いたいと思ってくれる先生や個人ユーザーを増やしていきたいと思っています。楽しかった思い出はポジティブに働きますから、ORSOとして子どもの成長の機会をつくるのに協力していきたいですね」と未来を見据える。
簡単に成功しないことも楽しむ
「楽しかった」
体験に参加した子どもたちは口々にそうコメントした。しかし、詳しく話を聞いていくと、ただ飛ばすのが楽しかっただけではないようだ。「けっこう成功しないんだなぁと思った」という小学1年生や「うまくいかなかった時に設定を変えるとか考えるのが面白かった」と語る4年生など、参加者それぞれが何らかの課題に直面し、解決のためにあれこれと考えたのだ。
彼らを見守った原田さんも「プログラミングをやったことはあっても、ドローンを動かすのは初めてという子が多くて、簡単には成功しないことも含めて楽しんでくれたように思います」との感想だった。また、保護者からも「プログラミングもドローンも子どもが興味を持っていたので、この場でできて良かった」、「ソフトとハードを組み合わせた体験は家だとなかなかできないので、すごくいい経験になった」といった声が上がった。
学校のテストの正解は1つだけれども、社会に出ればそうとは限らない。正解が2つ以上のこともあれば、ゼロということもある。そんな世界の片隅に触れることは子どもたちにとって貴重な経験であり、成長の過程において大きな財産となるに違いない。自分で課題を見つけ、その解決方法を考え、自由な発想でありたい未来をデザインする。今、そんなSTEAM教育が求められている。
原田久美子
A-Co-Labo 代表取締役CEO
鳥取大学大学院工学研究科博士前期課程修了。修士(工学)。民間企業に勤務後、公立小学校の理科支援員、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科研究員を経て、2020年にA-Co-Laboを設立し、代表取締役CEOに就任。
荊木祥世
ORSO DRONE STAR事業部 副部長
2016年からドローンの産業活用、実証実験、操縦者育成事業に携わる。19年、株式会社ORSOに入社し、DRONE STAR 製品を活用したプログラミング教育の提案や講師養成等に従事。