特集「地面の下のたからもの」の第2回は、地球の大切な資源である地熱を紹介する。東北大学流体科学研究所准教授の鈴木杏奈さんは、膨大な資源を有しながら活用が進んでいない現状の脱却を目指し、新しい発想で挑戦中。地熱を利用するために地下の状態の把握を目指すと同時に、誰もが楽しみながら地熱について理解できる環境づくりにも力を注いでいる。
地中に豊富な熱、温泉など暮らしに恩恵
地球の誕生以来、内部には蓄積されてきた地熱エネルギーがある。これは火山地帯に限ったことではなく、地面から深くなればなるほど熱くなる。日本は火山の多い国で、地下のエネルギーが噴き出し、そのため人々の生活が脅かされることもある一方、温泉などで暮らしに恩恵がもたらされる面もある。
例えば、鈴木さんもフィールド調査でよく訪れる秋田県湯沢市・ゆざわジオパークの小安峡にある「大噴湯(だいふんとう)」では、遊歩道の脇から蒸気とともに熱水が噴き出す。かつてこの地域の子どもたちは、この熱水で芋などを蒸していたという。
この熱水は地球の中心部が発する地熱によって温められている。火山の周辺は高温の地熱地帯が地表から数千メートルのところに広がっている場合が多く、温泉以外にも多様な目的で活用されている。
例えば、熱水や蒸気をくみ上げて暖房として利用する。熱をそのまま使うのでエネルギーの無駄が少ない。人が住む住宅はもちろん、植物を栽培する温室でも役立つ。
そして、くみ上げた蒸気でタービンを回し、電気を発生させるのが地熱発電だ。火力発電のようにCO2が発生することもなく、太陽光発電や風力発電のように気象条件に影響されることもない。発電に使った水は地中に戻せば地熱によって温められ、いずれ再び発電に利用できる。
こうした地熱の活用は20世紀初頭にヨーロッパで始まり、日本では大正時代に初めて地熱発電に成功した。現在は世界のあちこちで利用が進んでおり、アイスランドでは国内の電力の約20パーセントが地熱発電で、一般家庭の暖房の約90パーセントは地熱を直接利用している。
世界第3位のポテンシャル
確立された技術で発電可能な地熱資源の総量として、日本は約2300万キロワットとアメリカ、インドネシアに次いで、世界でも3番目のポテンシャルを有している。「地熱エネルギーをうまく利用すれば、石油などの海外から輸入するエネルギー源の依存度を下げて、持続可能な社会を築くことができるでしょう」と鈴木さんは語る。
このポテンシャルは資源分布情報の精度向上もあって近年さらに大きくなっているが、日本における地熱発電の設備容量は横ばいが続いている。各地に地熱発電所は設けられているものの、利用できる地熱の総量には遠く及ばないのが現状だ。
地熱は、エネルギーとしては大きいが、発電に資するには克服すべき課題が多い。地熱利用のアプローチ方法や課題はさまざまだが、鈴木さんは、「太陽光や風力だと、その資源が豊富な場所は、私たち人間の五感の感覚でわかりますよね。しかし、地熱の場合、地面の下がどうなっているかは掘ってみなければわかりません」と説明する。地表から1~2キロメートルの深さまで掘削しても発電に使える蒸気や熱水が得られる保証はなく、費用と労力の無駄になってしまう恐れがあるのだ。
「どこを掘るべきかわからないのは、地下の状態、すなわち構造や現象が目に見えないからです。ゆえに、状態を把握できるようにすることが私の研究の重要なテーマです」と鈴木さん。
新しいアプローチで東北を熱くしたい
宮城県大郷町で生まれ育った鈴木さんはエネルギー問題に関心を持ち、東北大学工学部に進んで地熱の研究に取り組むようになった。そんな鈴木さんにとって転機となったのが、2011年3月11日に発生した東日本大震災だった。
このときの衝撃を鈴木さんは「それまでは科学で社会課題の答えを出すつもりでやっていたんですが、科学が全てではないんだと実感しました」と語る。大学公認のボランティア団体を立ち上げたものの、実現不可能なことが多かった。無力感でいっぱいだった鈴木さんだが、「まずは実力をつけて東北を熱くしたい」と考え、再び地熱の研究に注力するようになった。
その後、スタンフォード大学に留学していたポスドク時代には3Dプリンターを使い、それで作成した構造モデルによってシミュレーションの結果を検証。机上論と現実の間を埋められるようになった。
また、鈴木さんの研究室ではトポロジーという数学の分野を導入し、それまでとは全く違うアプローチで流路を捉えようとしている。この手法では岩石内を水が流れる流路を数学的な「穴」として評価し、構造情報から水の流れやすさを予測する。すなわち、複雑な構造の岩石についてもシンプルに考えられるわけだ。
地域との交流で価値観をアップデート
「これまで地熱発電があまり進まなかった理由としては、地熱資源の不確実性の問題だけでなく、地熱資源の多くが国立公園内にあって開発が規制されたり、温泉事業者の皆さんの理解が得られなかったりといった事情があります」と鈴木さん。技術面だけでなく社会的な課題にも目を向けなければならないと考え、東北大学で職を得てからは、温泉地にしばしば足を運ぶようになった。
現地を訪れて感じたのは、地域の人々と語り合う必要性だった。とはいえ、温泉で生計を立てている人々とは価値観が違うから、地熱発電の良さを論理的に伝えるのではなく、別のアプローチが必要だと鈴木さんは考えた。
そこで、2018年に「waku2 as life(ワクワクアズライフ)」という活動を開始。「温泉でワクワクしよう」というコンセプトで、サマーキャンプやワークショップなどのイベントを開催した。
この「waku2 (waku x waku)」には温泉が「湧く」と「ワクワクする」、そして「枠×枠」という意味合いもあるという。すなわち「人はそれぞれ枠を持っています。でも、異なる枠と枠を掛け合わせることで、新たな価値が生まれるのではないかと考えています」とのことだ。
「問題意識が異なる人々が集まるように設定することで新たな気づきを得ることができ、お互いに価値観をアップデートできる可能性があるのです」と鈴木さん。このアップデートというのが重要なポイントで、相手の価値観を変えようとすると反発を招く。ゆえに、まず温泉などでワクワクする気持ちを共有し、コミュニケーションによって相互理解を深めていくのだ。
温泉地でのテレワークの効果を計算
活動を進める中で、地方の温泉地は過疎化が進んでいるところが多く、人を集めて活気を取り戻す必要があると感じた鈴木さんは、温泉地でのテレワークを思いついた。2019年2月から鳴子温泉で検証のための合宿を実施した。
ところが、2020年になると新型コロナウイルスの影響でイベントの開催が困難になった。「その間にテレワークが当たり前になって、世の中に追い越された気がしました」という鈴木さんだが、この状況でもできることをしようと考え、温泉地でテレワークを実施した場合のCO2排出量を計算することにした。
温泉地であれば入浴のために電気やガスを消費する必要がなく、暖房には温泉熱を使える。そのため、年間でCO2排出量を70パーセント以上削減できるという結果が出た。「今後も、こうした科学的な視点からの情報を提供することで、地域に協力していきたいと考えています」と鈴木さんは語る。
自然を理解しながら利用する未来へ
「地熱発電所は長く安定した発電が可能ですが、計画が立てられてから実際に発電できるようになるまで9~13年くらいかかります」と鈴木さん。そのため日本では1~2年で稼働させられる太陽光発電や風力発電が急速に広がっているが、一方で森林伐採や生態系の破壊といった問題も生じている。すぐ利用でき収入に結びつくことで、リスクが見逃される一面があるのかもしれない。
ゆえに、地熱発電の普及には、日本社会の価値観のアップデートも必要だと鈴木さんは考えている。「経済的な指標だけで動くのではなく、自然を理解しながら利用していく。そんなことを楽しく学んでもらえるように、機会を作っていきたいと思います」
その先に見据えているのは、人と自然が共存し、誰もがワクワクしながら暮らせる未来だ。「新しい出会いが楽しいんです。私だけでなく、誰かに新たな気付きがあって、そこから何かが生まれるかもしれませんから」と笑顔で語る鈴木さんは、これからもワクワクする気持ちを大切に、アイデアや出会いを生み出していく。
鈴木杏奈
東北大学流体科学研究所准教授
2014年東北大学大学院環境科学研究科博士課程修了。スタンフォード大学日本学術振興会海外特別研究員、東京大学数理科学研究科日本学術振興会特別研究員、東北大学流体科学研究所助教などを経て、2021年より現職。