文部科学省 科学技術政策研究所シンポジウム「近未来への招待状 ~ナイスステップな研究者2012からのメッセージ~」(2013年5月31日、文部科学省 第2講堂)から
「ナイスステップな研究者」に選んでいただき非常に光栄で、恐縮しております。日本地熱学会では、通常の学術講演会だけではなく、市民向けのイベントや温泉地域でのフォーラムなどを開いて、みなさんに地熱エネルギーについて知っていただく活動を長年行っています。今回はそうした活動や成果が認められたものであり、私個人というよりも、日本地熱学会が受賞したものだと考えております。
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地熱エネルギーに関して全般的なお話をして、最後に私の研究について紹介させていただきます。話の中心は「地熱発電」についてです。
地球の中心温度は非常に高く6,000℃もあります。地球のどこであっても深く井戸を掘っていけば温度の高いところに達するわけですから、そこの熱エネルギーをうまく取り出すことができれば、あらゆることに利用できます。地球の地下の熱は熱伝導によって、絶えず地表へと流れていますので、例えば、火山地帯では比較的浅い所でも高温は得られますし、そうでない所でも地下深く掘れば熱エネルギーは使えることになります。
主な地熱利用法としては、まず「地下の温熱の利用」があります。これが一般的に「地熱の利用」と言われているもので、温泉地帯や火山地帯など、地下の温度の高い所の温熱(温かい熱)を利用して発電を行ったり、温室の暖房や温泉として利用したりしています。
さらに「地下の温度が一定であること」の利用もあります。「地中熱ヒートポンプ」と呼ばれるもので、これは火山地帯や温泉地帯以外の、東京でもどこでも利用できます。地下の温度は一年中15-20℃くらいで一定であるため、夏は地表よりも涼しいので冷熱として、冬には暖かいので温熱として利用します。冷暖房を有効に行うので節電効果があり、省エネにもなり、とくに夏には「ヒートアイランド現象」の縮小にもつながります。
では「地熱発電」の話に移りましょう。地熱発電というのは、“地球の水循環”と“天然のボイラー”による発電と言うことができます。特徴としては、まず「地球に優しい電源である」ということ。地球に優しいというのは、二酸化炭素(CO2)の排出量が非常に少ないことです。太陽光や風力、波力、潮力などの再生可能エネルギーは、どれも発電時に二酸化炭素を発生しませんが、発電機を作る段階での工場から出てくる二酸化炭素までも含めた「ライフサイクルCO2排出量」を考えた場合、原子力発電よりも少ないのは地熱発電と水力発電だけとなります。
他の特徴としては、地熱発電は「安定電源である」こと。これは天候・昼夜・季節を問わずに一年中発電できるということです。日本での電源別の設備利用率をみると、太陽光発電は約12%の利用率、風力発電は約20%の利用率に対して、地熱発電は約70%の利用率です。今までは地熱発電所として、地域の持つ資源よりも少し大きめの設備を作ってしまい利用率が下がることがありましたが、今後改善していけば、利用率は90%、95%と上げていくことができます。さらに「純国産エネルギー」であることも地熱発電の特徴です。燃料の輸入が不要なので、今後どのような国際社会になっても安定して利用できるメリットもあります。
東日本大震災では、東北地方にある7つの地熱発電所すべてが無事でした。地下にある井戸は、地震の際にほとんど被害はないものです。地下と一緒に揺れるので大丈夫なのですね。東日本大震災の際、東北地方の地熱発電所での震度は、一番大きくて震度6くらいあったのですが、すべて無事で地震の最中も発電を続けておりました。送電は一時止まった所もありますが、それも数時間から2、3日後には復旧し、震災後も電力を供給していましたので、災害に強い発電所と言えるかと思います。
さらに地熱発電はクリーン電源として、世界の地熱発電量は急上昇しています。ところが日本では10年以上、新規の地熱発電の開発がありません。どうしてなのでしょう。実は、日本は世界有数の地熱資源の保有国です。火山の数が多く、地下の温度が高い所が多いからで、地下3キロメートルまでの基盤深度に蓄えられている地熱資源量(MWe:メガワット・エレクトリカル、発電出力)でみると、米国の30,000 MWe、インドネシアの27,790 MWeに次いで日本は23,470 MWeと世界3位です。4位のフィリピン、メキシコ(6,000 MWe)とは一桁も大きいので、日本は“世界の三大地熱保有国”の一つと言うことができますが、地熱発電量では日本は世界10番目なのです。
日本では、なぜ地熱発電の開発が進まなかったのか。地熱発電の長所には、▽燃料の輸入が不要である▽設備利用率が高い▽ライフサイクルCO2排出量が少ない——といったメリットがありますが、それはすべて原子力発電と同じメリットとなっていました。そのため、(1)ある地域に存在するエネルギー量以上の発電はできず、原子力発電所のように1基で100万kWといった大きな発電所を作れないという制限があること。さらに、(2)地下を探査しないと発電所を作れず、「掘っても当たらない」リスクもあることなどから、地熱発電は原子力発電と比較して、「あまり有効ではない」と考えられてきました。そのため、地熱開発に不利な法制度がいろいろあっても、それらが解消されないまま何十年かが過ぎてきました。そのために、日本の地熱開発は“ハイリスク・ローリターン”のビジネスとなっていたのです。しかし東日本大震災の後は「地熱エネルギーも有効だ」ということで、法制度の改革もありましたので、これからは以前より開発しやすくなるものと期待しております。
さて、地熱発電の技術として地熱タービンがあります。実は、世界の地熱タービンの約70%は日本製(三菱重工24%、東芝23%、富士電機20%)です。また、井戸を掘る掘削技術も日本は高いものを持っており、1995年には深度約3700メートルの地下で500℃を超える所(岩手県雫石町葛根田地域)で掘削を行ったこともあります。
地熱の技術者・研究者は、「地熱がどこにあるのか」まず見えない地下を調べ、さらに「持続的な発電ができる地下状況を保つこと」に取り組みます。地下の石油・ガスの地層は基本的には水平なので、どこか一カ所で掘り当てれば、次も比較的簡単に当たります。一方の地熱は、水平な地層ではありません。岩石の亀裂面の隙間に水がたまっている状態です。そうした幾つもの亀裂面がある一帯を「地熱貯留層」と呼びますが、そこを掘ればどこでも“当たる”わけではなく、亀裂面の部分でだけ、蒸気と熱水を生産できます。つまり「掘っても、必ずしも当たらない」という場合が結構あるわけです。ですから地熱は、開発の段階で掘り当てるのが難しいということ、また発電段階では、ある井戸からどれだけ長い間生産が続けられるかといった問題があります。場合によっては、掘り直しが必要となります。
地下の構造を調べる方法はいくつかありますが、地下の流体を調べる方法はほとんどありません。そこで私は地下の水の流れを調べるために、「自然電位」を使った研究をしています。これは岩石の隙間を水が流れていくと、性質の違う岩石との境界を水が通過する所で電荷がたまるという現象で、これによる電位異常を地表で観測することで、地下に水が流れていることが分かります。
このように、従来の天然の地熱システムでは、雨水などの「水」、マグマなどの「熱源」、その「入れ物」としての岩石の割れ目(地熱貯留層)が、“地熱資源の3要素”といわれる条件です。日本に地熱の資源量は多いとは言っても、限られた所でしか発電できないことが弱点でした。
そこで、将来の地熱発電の技術として「人工地熱システム」(EGS:Enhanced (Engineered) Geothermal Systems)があります。これは「地熱資源の3要素がなければ、人工的にそろえればよい」との発想で、「水」が不足するなら河川水や生活排水などを地下に注入し、「熱源」としてのマグマ性熱源がない所ではさらに深く掘る、「入れ物」がなければ地下への注水で亀裂を発生させて“人工地熱貯留層”を造るというものです。
この方法では、自然任せではないので地熱開発のリスクが低減でき、抽出可能な資源量も増えます。さらに、送電コストの問題なども回避でき、従来の開発地域への応用で全体的な発電量も増やせます。ただし、十分な容量をもつ人工地熱貯留層を造る技術はまだ発達していないので、現状ではコスト高です。今後、そのための技術開発が必要です。
さて、発電以外の地熱の利用法「直接利用」としては、日本ではほとんどが温泉ですが、海外では暖房や温室などに使っています。熱は熱として使うのが最もお得で、効率的です。蒸気発電では、発電機の“入り口”側の熱エネルギーに対して、電力として得られるエネルギーは、効率の良いものでも40%くらいしかなりません。いっぽう地熱を熱としてそのまま使えば100%近くの効率となるのです。
トルコでの地熱の直接利用による温室栽培の例を紹介します。トルコのディキリ地熱地帯では、深さ400メートルの4本の井戸から、毎秒100リットルの95℃の熱水を利用して冬期の霜を避け、総面積1,000エーカーに及ぶ温室でトマトやパプリカなどを栽培しています。日本では無視されがちなローテクな利用法ですが、地熱の効率が良い利用法として使って行く必要があるのではないでしょうか。
では、まとめです。地熱発電は、天候や季節によらず安定した発電ができる、環境にやさしい発電方法です。地熱発電所は、大地震の際も安全に稼働しました。その優れた特徴から、世界では地熱発電量が増加し続けています。さらに人工地熱システム(EGS)によって、将来的には地熱発電量が大幅に伸びる可能性があります。しかし日本では2000年以降、新しい地熱発電所ができていません。また発電だけでなく、工夫次第で熱をいろいろ使えますが、日本ではほとんど温泉にしか利用していません。もっと地熱エネルギーを利用しませんか?——というのが私からのメッセージです。
安川香澄 氏(やすかわ かすみ)氏のプロフィール
1987年東京大学工学部資源開発工学科卒業、工業技術院地質調査所(現・産業技術総合研究所)入所。91年米国ローレンス・バークレー研究所研究補助員。93年理学修士取得(米国カリフォルニア大学バークレー校)。94年新エネルギー・産業技術総合開発機構に出向。95年工業技術院地質調査所に復帰。2000年博士(工学)取得(九州大学)。01年産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門主任研究員。09年経済産業省産業技術環境局環境政策課地球環境対策室行政研修員。11年産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門地熱資源研究グループ主任研究員。12年から現職。[主な受賞歴]日本地熱学会賞(研究奨励賞)(1999年)。2001 GRC Best Paper Award(GRC:Geothermal Resources Council)。2003 GRC Best Paper Award 。Geothermics誌"Most downloaded articles Jan-Nov 2003"第1位。Geothermics誌"Top 25 Hottest Articles Jul-Sep 2005"第1位。
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