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土壌を改善し、農業基盤を下支え【自然と向き合うワカモノたち】

2022.10.19

赤土の研究に取り組む佐々木昌虎さん(左)、掛端博貴さん(中央)、大坊拓也さん(右)。奥は指導にあたる講師の木村亨さん
赤土の研究に取り組む佐々木昌虎さん(左)、掛端博貴さん(中央)、大坊拓也さん(右)。奥は指導にあたる講師の木村亨さん

 特集「自然に向き合うワカモノたち」では、身近な自然に向き合い、主体的に活動している高等学校や高等専門学校の取り組みにフォーカスする。初回は東日本大震災の塩害対策をきっかけに、土壌改善に注目して農業基盤の下支えを目指すようになった青森県立名久井農業高等学校を紹介する。環境システム科という全国でも珍しい学科を設け、探求学習を推進。数々のコンテストやアワードで好結果を残しているが、生徒たちはどのようにして研究に取り組んでいるのだろう。

世界的な課題解決に結びつく技術も

 青森県の南東部にある三戸郡南部町は、リンゴやモモなど果樹の栽培が盛んな町。県立名久井農業高等学校はその南部町にある唯一の高校で、2013年に設立された環境システム科は、工業技術を利用して世界の農業が抱える課題の解決を目指すユニークな学科だ。

 エントランスを入ると、そこには大量の表彰状やトロフィーが所狭しと並ぶ。この学校の生徒たちが獲得した栄誉の数々だ。農業や環境保全に関するさまざまな取り組みが高い評価を受けており、中には世界的な課題の解決に結びつく技術もある。

 同校における環境保全への取り組みがスタートしたのは2011年、東日本大震災の直後だった。津波の被害を受けた、八戸市の種差海岸のサクラソウを塩害から守るために、生徒たちが立ち上がったのだ。当時から探求学習の指導に携わる名久井農業高等学校非常勤講師の木村亨さんは「あのときの生徒たちは、いても立ってもいられないという感じでした」と振り返る。それで青森県と粘り強く交渉して採種の許可を取り、人工授粉による保護栽培やマイクロバブルを含んだ水を使った除塩などに取り組んだ。そして翌2012年、彼らは国際大会の予選を兼ねた「日本ストックホルム青少年水大賞」で大賞を受賞し、スウェーデンで行われる国際大会の日本代表に選出された。

先輩の失敗リストを参考に

 環境システム科が設置されたのはその後だ。この学科のカリキュラムには課題研究の授業が組み込まれていて、環境研究班では2年生から卒業までの2年間、環境に関する研究に取り組むことになる。研究テーマは1人1課題が基本で、それぞれ自らの研究を進めつつ、チームを組んで仲間への協力も欠かさない。

 テーマ選びの参考となっているのが、先輩たちによる研究の蓄積だ。「これまですごい数の実験をしてきました。でも、半分以上は失敗なんです」と木村さん。「しかし、失敗をリストにして残しておけば、後輩がそれを参考にして研究を始められます。そして新たなアイデアを加えることで、成功に結びつくこともあるのです」

名久井農業高校付近の風景
名久井農業高校付近の風景

 中でも多くの生徒が取り組んできたのが土壌に関する課題である。このあたりはしばしば馬淵川の氾濫で被害を受けており、彼らにとってとりわけ身近な問題なのだ。

三和土で土壌流出を制御

 近隣に大学などの研究施設がないため、彼らは身近なところで得られる問題意識や気づきを研究に生かしてきた。例えば、三和土(たたき)という伝統的な技法を用いた土壌流出対策は、日本の伝統家屋にヒントを得たものだ。三和土とは赤土や砂利などの土壌に石灰とにがりを加えてたたき固めるもので、家屋の土間などで用いられている。

 この着想を得たのは昨年春に卒業した生徒たちで、彼らのチーム「Treasure Hunters」は西アフリカの集水工法「ザイ」と三和土を組み合わせて土壌の流出を制御する手法を開発し、2020年にはストックホルム国際水協会(SIWI)が主催する「2020ストックホルム青少年水大賞」でグランプリ受賞という快挙を成し遂げた。また、同年の「第9回イオンエコワングランプリ」では環境大臣賞を獲得している。

 このように多くの大会やコンテストに参加することについて、木村さんは「こうした活動によって世の中で通じる力が身につきますし、客観的な評価をいただくことで自信につながります」と語る。また、仲間の成功体験が他のメンバーの積極的な活動を促すことになり、先輩の経験をさらに発展させることで、好循環が生まれている。

環境保全に関する研究開発のあゆみ
環境保全に関する研究開発のあゆみ

沖縄の赤土流出対策にも展開

 「Treasure Hunters」と入れ替わる形で環境研究班を引き継いだのが、現在の3年生「Flora Hunters」の6人だ。そのメンバーの佐々木昌虎さんたちは、この技法を沖縄で応用しようとしている。そして、「イオンエコワングランプリ」をきっかけに主催者側のオファーで沖縄の高校生との交流が実現した。

 沖縄の土壌の多くを占める赤土は粒子が細かく崩れやすいため、流出によって自然環境や生態系に悪影響を及ぼすことが懸念されている。そこで、佐々木さんたちは実験を繰り返し、沖縄に適した三和土の配合を模索。そして、にがりの主成分である塩化マグネシウムを添加することで、赤土を固められることを確認した。

 この成果は沖縄へと展開され、今年3月には石垣島で実証試験がスタート。さらに、5月には佐々木さんと大坊拓也さんが沖縄を訪れ、現地の高校生とともに三和土の設置を行った。「自分たちが教えてもらって理解するのは簡単だけど、人に教えるのは難しいと実感しました」と佐々木さん。また、現地に行かなかった掛端博貴さんもオンラインで交流を深めたとのことだ。

沖縄県立辺土名高校、北部農林高校の生徒たちとの活動の様子(名久井農業高校提供)
沖縄県立辺土名高校、北部農林高校の生徒たちとの活動の様子(名久井農業高校提供)

塩害を抑制し、レタスを栽培

 「Flora Hunters」では、塩害を防ぐための技術開発も行っている。今年その中心となった寺沢ゆきさんと中居泉穂さんは幼稚園時代からの大親友。「世界が抱えている問題に取り組まれている先輩方の姿を見て、私たちもやってみたいと思ったんです」とのことだ。

 塩害は世界中の乾燥地・半乾燥地で大きな問題となっている。日射などによる水分の蒸発量が降水量よりも多いと、土壌にあった塩類が表層に残り、それが集積すると作物の生産が不可能になり、やがて砂漠化していく。そこで2人は、石灰資材を含んだキャピラリーバリアを使用することで塩類の集積を抑制しようと考えた。

キャピラリーバリアの仕組み(名久井農業高校提供)
キャピラリーバリアの仕組み(名久井農業高校提供)

 キャピラリーバリアとは細かい粒の土層と粗い粒の土層を重ねる手法で、それによって地下水の上昇を食い止められる。加えて、2人はそこに石灰資材を入れることで、資材に含まれるカルシウムイオンを土壌粒子に吸着しているナトリウムイオンと交換し、塩類を土壌から地下へと放出させようとした。

 ただし、塩害対策に関する実験を行うには、乾燥地の土壌環境を再現する必要がある。2人が参考にしたのは中央アジアの内陸国ウズベキスタンの土壌だが、ウズベキスタンの土を日本に持ってくるわけにはいかないので、大学の研究者からデータを提供してもらい、それに基づいて自分たちで実験用の土壌を作った。「できるだけ現地の状態に近づけないといけないのですが、これがすごく大変でした」と寺沢さんは振り返る。

4種類の環境におけるレタスの成長。CBはキャピラリーバリアの略(名久井農業高校提供)
4種類の環境におけるレタスの成長。CBはキャピラリーバリアの略(名久井農業高校提供)

 土壌ができても実際に植物を栽培してみないと効果はわからない。そこで2人は塩害に弱いとされるレタスを栽培し、その経過を確認した。すると、3種類の石灰資材(塩化カルシウム、転炉スラグ、草木灰)でいずれもシステムが効果を発揮していることが明らかになった。「活動していて一番感動したのは、実際にレタスの芽が出て成長したとき。自分たちの理論が正しかったと証明されてうれしかったです」と寺沢さん。

 この成果は「日本ストックホルム青少年水大賞」で大賞を受賞し、国際大会の日本代表に選出された。「Treasure Hunters」以来2年ぶり、名久井農業高校としては4度目の快挙だった。

スウェーデンで実際に使った資料を手にする寺沢さん
スウェーデンで実際に使った資料を手にする寺沢さん

経験を生かして、それぞれの未来へ

 今年9月、寺沢さんと中居さんはスウェーデンを訪れた。「発表が英語だったこともあって、ずっと不安でいっぱいでした」と振り返る寺沢さんだが、発表を終えた後は「練習よりうまくできましたし、私たちの研究についてしっかりと審査員の方々に伝えられたので、やりきったという達成感がありました」という。

 しっかりと伝えるために2人が採用したのは、日本のお笑いの定番である漫才だった。これは先輩たちがプレゼンテーションでやっていたのを参考にしたそうで、ガチガチにやるよりも自分たちらしさが出ると挑戦したそうだ。

スウェーデンでの研究発表の場でポーズを取る中居さんと寺沢さん。記念撮影は2年前にグランプリを受賞した2人と一緒に(名久井農業高校提供)
スウェーデンでの研究発表の場でポーズを取る中居さんと寺沢さん。記念撮影は2年前にグランプリを受賞した2人と一緒に(名久井農業高校提供)

 このように、環境研究班では先輩の取り組みをしっかりと学び、自分たちの形にアレンジすることで成果を出してきた。木村さんは「先輩から後輩へのつながりがあって、学習体系がしっかりできているように思います。もちろん必要なアドバイスはしますけれども、ほとんどは生徒たちが自分で考えてやってくれています」と目を細める。

三和土チームの一員として活躍しつつ、洗剤を使わない洗濯技術の開発という新たな課題に取り組む新田遥加さん
三和土チームの一員として活躍しつつ、洗剤を使わない洗濯技術の開発という新たな課題に取り組む新田遥加さん

 「Flora Hunters」の6人は来年3月で卒業となる。進路はそれぞれ異なり、全員が農業技術の研究を続けるわけではないが、ボランティアとして活動を継続したいという生徒もいる。苦労しながら結果を出す努力、チームワーク、そして成功体験など、活動で培った経験と自信を胸に、彼らはそれぞれの未来に向かって突き進んでいく。

「Flora Hunters」の3年生5人と木村さん
「Flora Hunters」の3年生5人と木村さん

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