「未来を創る発明家たち」特集の2回目は、「発明楽」(はつめいがく)を発信する鳥取大学医学部教授の植木賢さんにお話を伺った。発明楽は、気づきをためて発明を引き出す発想法で、そのテクニックを使えば、誰でも発明が可能になるという。
痛くなく安全な内視鏡づくりに取り組む
消化器内科の医師であり、医学を専門とする植木賢さんは、「発明」を生み出す発想法である「発明楽」を考え出し、広める活動を行っている。一見すると、遠いものに思える医療と発明をつなぐきっかけとは何だろうか。
植木さんは、患者にやさしく安全に使える「内視鏡」開発に取り組んでいる。内視鏡は、胃腸の内部にできた病変を、体を傷つけずに観察できる医療機器だ。先端にカメラを内蔵したチューブを、口や鼻、肛門から人体に挿入して観察していく。
ところがこの内視鏡が、挿入時に喉の奥を刺激し、嘔吐(おうと)反射で苦しそうな顔をする患者の姿とたびたび出くわした。さらに、腸の壁にぶつかった内視鏡を、無理やり奥へ進めようとすることで、痛みを伴うばかりか、腸が裂ける危険もある。「なぜこんなに痛いのか? もっと安全な内視鏡はできないものか?」診療の傍ら、植木さんは常にこのことを考えるようになった。
幼い頃から発明が好きだった植木さんは、すでに存在する物や視点を組み合わせることで、新たな物や技術がつくり出せると考えてきた。さらに、開発のヒントを得るため、医学と異なる分野の学術集会に参加し、「自分が知らないだけで、異分野には進んだ技術がたくさんある」という実感を得たという。異分野同士がすでに持っている知識や技術をかけ合わせることで、新しい製品や価値を生み出せる可能性に気付くきっかけとなった。
こうした、自らの経験と発見を積み重ねる中から、発明を生み出す4つのテクニック、「発明楽」が生まれたのだという。
誰でも発明を生み出せる加減乗除のテクニック
発明とは一体どういうものなのだろうか。特殊な才能を持った特別な人にしかできないものなのだろうか。植木さんは、「発明は才能ではなく、技術である」と話し、「発明楽」の4つの加減乗除のテクニックを使えば、発明は誰にでもできるという。
例えば、消しゴムつき鉛筆は、鉛筆と消しゴムをたし合わせて小さな便利を叶えた発明といえる。医療現場でも、病変をカメラで見ることに加え、顕微鏡の機能を付加することで、拡大観察ができる技術が生まれた実例がある。何かと何かを「たす」という発想を使えば、発明のヒントは、それこそ無限に見つけ出せそうだ。
そして発明を生み出すテクニックは、このようなたし算の発想だけではない。ひき算とかけ算、わり算によるテクニックもあるというのだ。
例えば、サイズが合わない小さすぎるスリッパが、つま先立ちを促し、ダイエット効果が期待できるとされて人気を博した。思いがけないきっかけが発明となった例だが、植木さんはこれを、物を小型化する「ひき算」の発想と説明する。
また、異なる分野では当たり前と考えられる知識や技術を別の分野に応用することで、新しいものを生み出す転用の発想は「かけ算」。さらに、だれもが失敗と考えるような物や技術も、裏を返せば発明になるという逆転の発想が、逆数とも呼ばれる「わり算」となる。実際に、こうして誕生した発明はいくつもある。例えば、剥がれにくいノリの開発時に、失敗策として生み出された剥がれやすいノリ。それを裏返して活用したのが、貼って剥がせる付箋という具合だ。
発明の女神は、準備された心に舞い降りる
さらに植木さんは、フランスの細菌学者パスツールの言葉を借りて、「発明の女神は、準備された心に舞い降りる」と話す。
足りないもの、あったらいいなと思うものや、解決したいことがあれば、まずはその気づきを大事にする。そして、何かひらめいたアイデアがあれば、発明の材料として蓄えておく。こうした準備と4つの算数の発想が重なり合ったとき、ふとした瞬間に発明が生まれるのだという。
植木さんはまた、自身の内視鏡開発を通じ、日本の技術力の高さと、世界の医療をよりよく変えていくポテンシャルを実感したと言い、「2050年の未来を考えたとき、人財と知財が日本を救うと考えています。特に発明やイノベーションを起こす人財の育成は大事だと思います」と語る。
「日本が発明で未来を変えていく、よりよい世界をつくろう」という夢と願いが込められた「発明楽」は、医学を志す学生の授業となり、現在は小学生から高校生、さらに社会人に向けても授業やワークショップとして伝えられている。
わくわくする楽しさから充足感へ
自分の考えが、実際に製品となって役立つことで、日々の仕事が楽しく、励みになる。発明楽を知った医療関係者から植木さんのもとへ、アイデアが持ち寄られることも増えていった。そうして、現場で遭遇した困ったこと、足りないことを解決するアイデアの製品化は、実に26件にも及んだという。アイデアをめぐらせ、課題を解決する体験をした人は、とても生き生きとしている。そんな姿とも、たびたび出くわすこととなった。
発明は、「わくわくする楽しさだけでなく、誰かのためになる、役に立つことを考える時間」に他ならないと植木さんは言う。医師として、人の最期のときに立ち会う経験をくり返す中で、一生は有限であり、幸福を感じる心や時間の大切さを実感するようになった。子どもの頃から親しんだ発明は、使う誰かを思いながら物づくりをすること。それを通して、自分にも幸せを感じる心の営みが生まれる。さらに、発明のアイデアを実現するために、他者とつながり、協力する機会が増える。それもまた、大きな達成感と充足感へと昇華していく。
そうして生み出された発明は、自分の手を離れたあとも独り立ちし、多くの人の役に立ち、幸福の連鎖を生み出す。生活の中に、発明の発想を持つことで、人生はより豊かで楽しいものに変わるかもしれない。
植木賢(うえき・まさる)
鳥取大学医学部医学科 医学教育学講座教授、博士(医学)。
2009年、鳥取大学医学部附属病院卒後臨床研修センター講師、2012年、同院次世代高度医療推進センター特命准教授、2014年、同院次世代高度医療推進センター(現新規医療研究推進センター)教授を経て、現職。2012年度より発明楽をもとに授業を開始し、2019年度よりワークショップ・コンテスト等を展開している。