2018年11月、高校生が研究開発したサバの缶詰(サバ缶)が、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から、高校生としては初めて「宇宙日本食」に認証された。つくったのは、福井県立若狭高等学校海洋科学科の生徒たち。学校がある福井県の小浜はサバが有名で、昔からサバなどの物資が京都に運ばれた道は「鯖街道」の名で親しまれてきた。「小浜の優れた水産加工技術を世界に伝えたい」という生徒たちの思いから始まった宇宙日本食サバ缶プロジェクト。JAXA認証に至るまでの軌跡とそれを成し遂げた課題研究のあり方を探った。
歴代生徒によるリレーで宇宙を目指す
自分たちがつくる「サバしょうゆ味付け缶詰」を国際宇宙ステーションへ――。
このプロジェクトは、何と13年にもわたって、先輩から後輩へと歴代の生徒たちに引き継がれてきた。その間ずっと生徒たちの活動を見守ってきたのが、同校海洋科学科教諭の小坂康之さんだ。
小坂さんによると、プロジェクトが始まったのは、若狭高校の前身、小浜水産高校時代のことだ。同校に併設されたサバ缶製造の実習工場では、年間1万個ほどのサバ缶が製造されていた。高度な食品衛生管理技術を学ぶ授業の一環として、同校は2006年に衛生管理の世界基準であるHACCP(ハサップ)を取得。全国の水産高校では2例目だった。
実際、工場を見学すると衛生管理が徹底されており、臭いもなければ、ちりひとつ落ちていない。まるで大きな実験室だ。宇宙日本食に認証されたサバ缶も、ここで実際に調理され、缶詰として製造された。
ある日の授業でのこと。小坂さんが、HACCPはもともと米国航空宇宙局(NASA)が宇宙食など、食の安全のために開発した衛生基準であることを伝えると、「それなら自分たちのサバ缶も宇宙に飛ばせるのでは?」とある生徒から提案があったという。それがきっかけで、宇宙食への挑戦が始まった。
転機が訪れたのは2013年のことだ。小浜水産高校と「スーパーサイエンスハイスクール支援事業※」(以下、SSH)指定校であった若狭高校が統合した。ちょうどその頃、JAXAから宇宙日本食についての講演が若狭高校で行われ、それを聞いた統合後の1期生が、「先輩たちのサバ缶の研究を引き継いで宇宙へ飛ばしたい」と意欲を燃やしたのだ。SSH事業の課題研究として、サバ缶を宇宙食にするプロジェクトが本格的にスタートした。
宇宙食に認証されるためには、HACCPで求められる製造工程の基準のみならず、栄養成分、保存条件、味などの点で、JAXAが定める宇宙日本食認証基準をクリアしなければならない。特に、サバ缶のように汁を含む食品は「とろみのある食品」とし、粘度の基準が設けられている。宇宙で汁が飛び散って機械などを故障させないためだ。
「学校には粘度を測る機器がなかったため、近くの福井県立大学海洋生物資源学部を訪れ、測定器を使用させてもらったこともありました。SSH指定校となり、大学との連携が強化されたことや科学的手法を取り入れる環境が整ったことは大きかったです」と小坂さんは当時を振り返る。
そうやって一つ一つの課題を解決していった結果、2018年11月、若狭高校のサバ缶はJAXAから宇宙日本食に認証された。JAXAから認証された宇宙日本食は、国際宇宙ステーションに搭乗する国内外の宇宙飛行士に提供できる。実際に宇宙に持って行ってもらうためには、搭乗する宇宙飛行士が試食して、持って行くことを希望することが最も重要だという。高校生がつくった宇宙日本食は他に例がない。生徒たちは、認証後も自分たちで課題を見つけ、サバ缶が宇宙に飛ぶ日に向けてさらなる改良に取り組んでいる。
※スーパーサイエンスハイスクール支援事業とは、理数系教育に重点を置いた教育課程等に関する研究開発を行う文部科学省の事業。将来国際的に活躍し得る科学技術人材等の育成を図ることを目指しており、2019年度は全国で212校が指定されている。
JAXAの認証基準を満たすための挑戦
ここからは、若狭高校の生徒たちが取り組んできた研究内容を詳しく紹介しよう。今回、取材に応じてくれたのは、海洋科学科3年の高山夏実(たかやま なつみ)さんと大道風歌(だいどう ふうか)さんだ。2人は2年生のとき、4人1チームで先輩からプロジェクトを引き継いだ。
JAXAが定める粘度基準を満たすために、先輩たちが実験を繰り返して「くず粉がいい」と結論を出してくれていた。しかし、その粘度は「みたらし団子のたれくらいの粘度」という感覚的なものだった。そこで高山さんと大道さんたちは、大量生産にも対応できるよう、調味液をどの位の温度で何分ぐらい加熱すればいいのかを数値化するための実験に取り組んだ。加熱時間と温度をいろいろ変えながらサバ缶を試作し、「みたらし団子のたれの粘度」を粘度として数値化し、再現するための製造方法を探っていった。
「時間や温度を変えて、実験する度に、全て細かく実験ノートに記録を取りました」と、大道さんは測定した加熱時間と温度が詳細に記録されている分厚い実験ノートを見せてくれた。「加熱時間と温度の組み合わせを4パターン考え、それぞれ5缶ずつ試作。それを5回くり返しました」と高山さん。試作缶は100缶にもなった。4人は毎週木曜の課題研究の時間だけでなく、開発が大詰めを迎えると土日も集まって調味液のレシピづくりに没頭。ついに調味液の製造方法を確立し、宇宙日本食認証をつかみとった。
彼女たちの挑戦はこれで終わらなかった。サバ缶を試食した金井宣茂宇宙飛行士から、「宇宙では味覚の感度が弱くなるので、2倍くらい濃い味付けがいい。家庭の味も恋しくなる」という要望があったのだ。そこで4人は味の改善に取り組んだ。味を濃くするために、水、しょうゆ、砂糖の比率を変えた4つのパターンの調味液を作成。「家庭的な味」については自分たちで仮説を立て、「甘み」と定義し、カロリーを調整しながら味は自分たちの舌で確かめた。その結果、砂糖と醤油の比率をほぼ同程度にすれば味のバランスがよくなり、家庭の味に近づくことを突き止めた。
「このプロジェクトは、ただ単においしいものをつくればいいのではありません。小浜水産高校時代から培ってきた水産加工技術と、SSH事業を通して養われた科学的知見の両方があって初めて、JAXAの認証基準をクリアする宇宙日本食サバ缶を完成できたと思っています」。13年間の取り組みを振り返り、小坂さんは少し感慨深げだ。
自分たちで課題を設定し、数値化して結果を出す
宇宙飛行士からはまた、こんな要望もあった。「宇宙で食事をするときはスプーンしか使わない。スプーンで食べやすい柔らかさにしてほしい」
どうすれば身を柔らかくすることができるのか。「素材によって触感が変わるのでは?」と考えた4人は、地元の小浜市田烏地区で養殖されている「よっぱらいサバ」という小浜ブランドのサバに着目。よっぱらいサバは、えさに酒かすを混ぜて養殖しており、脂がほど良く、とろけるような食感のサバに成長する。
「実際に船に乗って養殖場まで行き、サバを捕って、調理もしました。養殖場では餌やりもしました」。よっぱらいサバのことを語る2人は生き生きとしてうれしそうだ。サバの処理方法の違いによる身の硬さを調べるため、捕れたばかりのサバを船上で「神経締め」にする作業にも挑戦したという。脳の延髄をワイヤで破壊する神経締めによってサバを即殺すれば、エネルギーを消費していないため、身にATP(アデノシン三リン酸)という物質の量が多く含まれ、死後硬直を遅らせることができる。これが過熱調理後の身の硬さにどう影響するのかを調べてみようと彼女たちは考えた。この実験の続きは今の2年生に託され、現在も進行中だ。
このように彼女たちの探究活動は教室の中にとどまらない。地元の養殖場へ出かけ、そこで働く水産業の方と直接関わり、魚の処理方法も体験しながら効果を科学的に分析することを目指している。これこそが、彼女たちの強みではないだろうか。
このプロジェクトに限らず、若狭高校の課題研究では、どんな問いを立て、どんな実験をするかを生徒たち自身が考えて決める。
「私たちの学校では、事象の背景や現状を分析し、科学的根拠をもって仮説を立てる『課題設定能力』の育成に力を入れています。そこで重視しているのが、現象を数値化する定式化と、地域貢献の視点です。なんとなくの勘ではなく、数値に基づき課題を解決していくことを徹底しています。そして、その結果、いかに地域に貢献するかも大切な評価ポイントです。この宇宙日本食サバ缶も、毎年一つ一つの課題を解決しながら改善してきました」と小坂さんは話してくれた。
高山さんと大道さんは、宇宙食への挑戦を振り返り、「まさか自分たちの代で本当にJAXA認証が取れるとは思っていなかった。自分たちが一番驚いている」と口をそろえる。
「このプロジェクトに関わって良かったことは?」との質問に、高山さんと大道さんは笑顔でこう答えてくれた。「地元の人の思いが詰まったよっぱらいサバを使うことで、自分たちだけではなく、地元の人たちと連携できたのが良かったです。JAXAの認証が取れて、地元の人もすごく喜んでくれました」(高山さん)
「研究で得られた成果だけでなく、メンバー同士で話し合って結果を出すことを学ぶことができたのはとても良い経験でした。みんなの意見を聞きながら実験で良い結果が出たときが、一番楽しかった」(大道さん)
宇宙日本食サバ缶プロジェクトは彼女たち自身にも確かなものを残したようだ。
遠い昔、京の都にサバを運んだ鯖街道が、今度は彼女たちの手によって宇宙ステーションまで届くことになる。宇宙飛行士においしいサバ缶を食べてもらうための奮闘は、後輩たちに引き継がれ、これからもより高度なチャレンジへと続いていく。
<若狭高校の地域資源活用型探究(三方五湖の年縞)>
若狭高校は「地域資源活用型探究」に特に力を入れて取り組んでいる。これは、若狭高校の生徒が4年間継続して取り組んでいる、若狭地域特有の自然や事象を題材にした課題研究の一つだ。
湖沼などの底に堆積した土の層が、まるで木の年輪のように描く模様を「年縞」と呼ぶ。年縞は、春から秋にはプランクトンの死骸、晩秋から冬は黄砂や鉄分などが堆積することによって、1年ごとに白と黒の層が形成される。年縞の中にある花粉や火山灰などを調べれば、どの時代にどんな森林環境で、どのような気候だったのか、またどの時代に火山噴火や洪水が起こったのかなどを推測することができる。
さて、若狭地方にある三方五湖の一つである「水月湖」には、45メートル、7万年分の年縞が発見されている。生徒たちは、水月湖の年縞から過去の気候の復元にチャレンジ。江戸時代に大飢饉が3回起きていたことを地質学視点から明らかにしたり、縄文時代草創期の人間活動を推測したりした。
この研究は「日本地球惑星科学連合2018年大会」高校生によるポスター発表において優秀賞を、また、SSH生徒研究発表会ポスター発表賞や南部陽一郎記念ふくいサイエンス賞奨励賞を受賞している。